ガンダムOO オリジナルBL小説

律儀な人間にも長所と短所がある 前篇

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 教師には主に二種類のタイプがいるとニールは思っている。
 仔細がいい加減だが、逆に考えれば臨機応変なタイプと、律儀で生徒の教育に熱心だが、その分頑固でこうと決めたらてこでも動かないタイプ。
 当然、刹那の担任、ティエリア・アーデ先生は後者を絵に描いたような人物だ。
 父子家庭で父親が孤独に子供を育てる大変さを心配してというよりは、その父親の育成能力自体に疑問を感じてしまった先生は、例外的家庭訪問の上、今度は毎日この父子家庭がちゃんと生活をしているか監視しにくると宣言してくれた。
 律儀で頑固な先生は、当然一度自分が吐いた言葉は忠実に守るわけで、この一か月、先生はどうしても学校の用事があるとき以外はほぼ毎日、夕飯時にやってきては夕飯と次の日の朝食を作り、刹那を風呂に入れてから帰っていく。
 週末もニールが仕事でいない日は午前中にやってきて一日家事をこなし、ニールが帰ってくるまで刹那と遊んでいる。
 プライベートの用事や休日を費やす趣味はないのかと心配するふりで何とかこの望まぬ家政夫を排除しようとしたが、教師ならではの熱血ぶりとぬりかべより固い意思の前に、もういいかとニールは早々に屈してしまった。
 昔ならガンとして自分の生活への侵入を許しはしなかったが、子供を抱えて汗まみれのガテン仕事のいま、そんな綺麗で優雅なことを言っている暇も気力もない。
 それに刹那は先生の登場をそこまで毛嫌いしている感じでもない。刹那がいいならまあいいか。子供を持つ親とは、常に子供の意向に従ってしまうものだ。
 どうせなら勉強もばっちりみてくれればと思うが、それは教師として贔屓になるからしないのだそうだ。
 毎日来ること自体既に贔屓の範疇にも感じるが、先生の頭の中では、贔屓とは勉強に携わる内容に限定されるらしい。
 やっぱり律儀な人間だ。
 そしてその生真面目さはときには周囲を不幸にすると同時に忍耐力を養うトレーニングにもなる……。
「先生、……まだかよ?」
「もう少しだ」
「三十分前もそう言ったじゃねえか」
「だからあともう少しだ」
「もう少しってどのぐらいだよ、十分か? 八分か? それとも……」
「うるさいな。人が働いているときにごちゃごちゃ後ろから文句を言うのはやめてもらいたい。そう最初に申し上げたはずだが」
 ぐつぐつぐつと、先生の手は湯気の立つ深鍋の中身ゆっくりとかき混ぜている。
 ちなみに、カレンダーはすでに二週間も前に六月に突入した。
 梅雨の影響の少ないこの地域は既に何となく空気は夏模様で、どんなに風邪をひいて熱が出て意識が朦朧としていても、鍋が食べたいとは到底思えない季節だ。
 正確には鍋、ではなくシチューなのだが。
「おい刹那、お前もなんとか言えよ……」
「僕は別に待てるから」
 隣で宿題の算数を解いている背中を叩くと、逆に少し静かに待ってれば、と少し非難めいた視線でちらりと見られる。
「なんだよ、お前もすっかり先生の肩持ちやがって」
「ニール、拗ねてるの? 大人げないよ」
「ばっか、なんだそりゃ」
「だってニール子供みたいなんだもん」
「子供のてめえに言われたかねえよっ」
 もういいと、テラスに出て煙草をくわえる。火をつけながら端の端、柵を無視してあと三歩進めばあの世に即効辿りつけるギリギリ端まで来てから、ようやく溜めた煙を吐き出した。
 いまやこのテラスだけがニールの安住の場所だ。元から煙草はテラスでしか吸わなかったニールだが、先生がきてから更にテラスの端の端に喫煙箇所を設けられてしまった。
 なんだかなぁ……。
 キッチンで直立不動のまま鍋をかきまぜる先生は、シチューには最後のとろ火で煮立てるところが美味しさのキモだという料理本を一字一句そのまま実行している。
 片手におたま、片手は腰。歯磨きと同じ姿勢だ。
 律儀な性格ゆえの融通のなさ。
 酸素切れの金魚のように煙と溜息をぱくぱく同時に吐きだしながら、一月前、初めて先生が夕飯のおさんどんをかって出た時のことを思い出す。
 まあ、あのときよりは進歩はしている。確実に。そこに努力はある。それはニールも認めている。 
 レパートリーは全く変化なしだが。
 最初の一週間は、本当に悲惨だった。
 先生は、あの綺麗な顔でどうやったらここまで醜悪な物体を作りあげられるのか不思議なほどに、料理ができなかった。まあ普通に考えて男なら料理はできないのがデフォルトなのでニールも期待していたわけでもないが、それにしても酷さの下限を越えていた。
 自分から料理の腕を提供すると申し出たのは先生だ。
 刹那がこなすからいいと辞退すると、あなたはそれでも父親かとまた説教を食らった。そこまで言うならじゃあとお願いしたら、先生は満足げに頷いたのだ。
 そして初日、いつものように疲れて帰ってきたニールの鼻に嗅いだ事のない異臭が飛び込んできた。なんとも表現しがたい幻想世界の香りが部屋に充満していた。がっしりした天然ひのきのダイニングテーブルに並んだ皿には、なにやら見たこともない深海で掘りおこしてきたような料理がのっかっていた。
 ー―一応横から手助けしたつもりだったんだけど。
 刹那の耳打ちに、ますます先生の料理の腕を疑った。我が子自慢ではないが、刹那は料理がうまい。将来専門の料理人になってもいいほどに上手だ。その刹那が手助けしてすらの失敗に、結局初日の食卓は沈黙で終わった。
 喋れないほど不味かったということだ。
 ――明日はこんなことがないようにします。
 なんとか全てを胃の中に流し込んで食後のお茶で口中の味を洗い流していたニールに、先生は素直に謝ってくれた。
 だからそれ以上突っ込むこともできず、ニールも「いや別に、それなりに上手かったし」などと庇ってしまった。刹那の視線が痛かったが、実際先生が潔く自分の非を認めるところは評価に値するからだ。
 ニールも元来そこまで人に厳しくなれない性格だ。どんなに頭にくる相手でも、その人間がよほど強気に出ない限りはなし崩し的に許してしまう。
 後片付けをして先生が帰宅したあと、慌ててマンション地下の各家割り当ての倉庫から空気清浄機をひっぱりだしてきた。
 昔の暮らしの名残が、この倉庫には山ほど待機している。高価な家電や装飾品などだが、刹那を引き取ってアイオン建設を退職したときに全てこの地下にしまい込んだ。一度は全て捨ててしまおうかと思ったがいつか使う時があろうかと一応とっておいたのだ。
 こんなことでひっぱりだすとは。
 窓を全部開け放って、なおかつ空気清浄機をかけっぱなしにして翌朝、なんとかいつもの部屋の匂いを取り戻したときは、二人してほっと肩をおろした。
 だがその第二日目の夜、今度はリビングに山と積まれたカラフルな写真表紙の本が帰宅したニールを迎えてくれた。刹那がまたもや耳打ちで、全て先生が持ってきたと教えてくれた。
 先生はキッチンの中でなにやら真剣な顔で本と何やら出来かかった料理を交互に睨みつけていた。
 ――ひとつまみというのはどういう意味だ?
 ――指でひとつまみって意味だよ、先生。
 ――それじゃあ正確な量がわからないじゃないか。
 ――正確な量はわからなくてもいいと思うけど。
 ――なぜだ? 量が人によって違ったら、味が変わってしまうじゃないか。
 ………。
 料理の本になぞらえて作ったこの二日目の夕食は、前日と比べたらまだましだった。当然だ。料理の本を見ているのだから。
 それでもどことなくの異臭は鼻をつついたし、ハンバーグのようなひき肉の塊からはきゅうりと思しき細長く緑の野菜がつきでていたし、その付け合わせには最近ヘルシーブームで話題の東洋食品のトーフが水浸しで転がっていた。
 ニールも刹那もただ黙々とカトラリーを動かした。そして食後のお茶で後味の奇妙感を洗い流した。
 几帳面な先生は、料理の計量世界のあいまいな部分が許せなかったらしい。食事の合間も言葉の解釈について散々持論を語っていた。
 ――今日は昨日みたいな失敗はなくてよかった。
 少し得意げに呟いた先生が帰宅すると、ニールは即効で空気清浄機を作動させた。
 そんな毎日が続き、次第に異臭も消え、味も食後のお茶を楽しみにしなくてもよくなり、空気清浄機も役目を終えてまた倉庫にしまい……あっというまに一か月が過ぎていた。
 日々先生の料理の腕はましになってきたし、先生が手をつける家事の内容も増えた。
 今では洗濯も掃除も隅から隅までしてくれる。トイレも風呂もいつみてもピカピカで、マグカップをトイレに置いておこうものなら即効怒られるし、カップは殺菌消毒までほどこされる。もちろんトイレへの漫画の持ち込みも厳禁になってしまい、今ではトイレに座ってほっと顔をあげると、目の前には世界地図がばばんと貼られている。「毎日一つ、国名と首都を覚えること」と赤マジックで書かれているのが、いかにも小学生の教師っぽい。
 そして、先生の敬語もいつのまにかタメ口にかわりつつある。説教するときや言いにくいことは敬語だが、それ以外はいつの間にかタメ口になっていた。ただ、呼び名はどこまでも「お父さん」だ。
 刹那以外の人間に「お父さん」と呼ばれるとくすぐったいような違和感があるが、かといって「ニール」と呼ばれるのも教師と生徒の親の立場的にどうかと思うので、そのまま「お父さん」と「先生」の関係を続けていた。
 できたぞ、と刹那に皿を運ばせる先生の凛とした声を合図に、煙草を備え付けの空き缶箱に捨てる。アルミベースにカラフルな花模様の描かれた大きめの缶で、先生が通い始めてすぐ、刹那への土産だと持ってきてくれたクッキーがはいっていた。
 昔、まだニールがばりばり第一線で働いていたころに、会社の近くにあった有名菓子店で同じ缶が売られているのを見たことがあった。
 刹那は美味しいと言って大事そうに毎日数枚ずつ食べていた。深夜に帰宅した日に、リビングでミルクと一緒にこっそりと缶からクッキーを取り出して食べていた刹那を発見したことがあった。その姿に、そういえば自分はこいつにろくなものを食わせてやってなかったな、とふと気がついたのだった。
 金がないわけではない。ひもじい思いをさせているわけでもない。定期的に新しい服も買ってやってるし、たまに二人で出掛けたときにはちゃんとファミレスだが食べたいものを食べさせている。
 でも、やっぱり日頃のなにげない子供への菓子土産とか、ちょっとしたことができないでいる。
 することを忘れている。
 先生が生活に交わるようになって、些細なことで自分の父親としての力不足を感じるようになっていた。
 なにしょぼくれてんだか。
 窓ガラスに映る自分の焼けた顔のむこうで、刹那と先生がこっちを見ている。早くと、先生の口が動く。
 案外いいやつなんだよな、この先生。
 だからなんとなく怖かったりするのだろうか。
 なにを?
 漠然とした何かを心中掴み損ねながら、目にした皿の中身に、ああやっぱり今日もシチューかと、わかりきっている事実を再確認する。
 一度褒めたが最後、相手がそれを死ぬまで食べても飽きないと思ってしまうのが先生の悪い癖だ。
 ニールは当座目の前に迫っている「連続八日目のシチュー」をどう胃に納めようか、その精悍な顔つきに似合わぬ悩みごとに頭をかかえながらベンチ式の椅子によっこらしょと腰をかけた。


後編につづく