ガンダムOO オリジナルBL小説

第二十三話 ニール・ディランディとティエリア・アーデの新しき日々 後編

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「……なんだ、この音は」
「チャイム」
「チャイム?」
 ティエリアは訝しげに天井にはめ込まれた小さなスピーカーを見上げた。
 ティエリアじゃなくても訝しがるのは当然だ。
 このマンションのチャイムは通常のピンポーンではなく、モーツァルトだかハイドンだか有名な楽曲のフレーズで来客を告げてくれる。
 電話はずいぶん昔から着信を選べるが、玄関チャイムの音が強制的にクラシックというのは珍しいだろう。
 ニールも購入して入居してから知った。
 その眠くなるような音楽が何度もリピートされる。門扉でボタンを押している人間が何度も立て続けに押しまくっているのだ。
「出なくていいのか?」
 黙ってやり過ごそうとしていると、ティエリアが僅かに責めるような口調で尋ねてくる。
 律儀な彼は「訪問客には漏れなく対応する」のを常としていそうだ。居留守だとか嘘も方便というごく日常的な便利メソッドは使わないのだろう。
 ティエリアにはニールも今どれだけティエリアを欲しがっているのか伝わっていないらしい。
 こんなにズボンのチャックが勝手にずり下がってくるほど、既に下半身は熱を孕んでいるのに。
 少しだけティエリアのずる賢さのないまっすぐさを呪うが、当の本人は未だしっとり濡れそぼった唇をすぼめてこちらを見つめるばかりだ。
 ニールは舌打ちと嘆息をすっと飲みこむと、ティエリアから離れて閉めたばかりのドアを出た。
「げっ!」
「なんだ? 押し売りか?」
「……いや」
 一応ここは高級マンションだ。押し売りがここまでくるわけがない。だが、押し売りだったらどれだけよかったか。
 門扉のベルを再度鳴らそうと指をかざしていたのは、なぜか沙慈・クロスロードだった。
 沙慈もニールの姿にびっくりした表情を隠せないでいる。
「課長、どうしてここに?」
「ここ、俺の家だけど。お前こそなんでここにいるんだ?」
 沙慈にここに住んでいると教えた記憶はない。
 今日は午後半休だった営業一課の新人はバツが悪そうに視線を泳がせながら、何やら手にしていた紙袋を門扉越しに差し出した。
 授業サボって映画を見に行ったら出てきたところで担任教師に出くわした中学生が咄嗟に賄賂として買ったばかりのエロ漫画を差し出すみたいだ。
「あの僕今日隣に引っ越してきたんですけど…」
「え? じゃあこの荷物、お前のなのか?」
「はい」
「これ、全部お前なのか?」
「いえ、全部自分のじゃないんですけど……。すみません、大事で……」
 何やら事情があるらしく、語尾はごにょごにょとたち消える。
「でもお隣さん、売却したわけじゃないんだろう?」
 この階のもう一世帯はどこだかの金持ちが別荘だかホテル代わりに購入したということで、いつもほとんど無人だ。先にその部屋が購入済みとなっていたので、別荘代わりならそう頻繁には利用しないだろうと見越して、わざわざニールはこの階を選んだのだ。
「売却は、されていないと思います」
「じゃあお隣さんからお前が賃貸したってことか」
「いえ、違います。そんな僕、こんな高級マンション借りられるほどお給料もらってないし……」
「…だよな。じゃなんなんだよ」
「……」
「…もしかして、おまえが隣の金持ちの息子だったりするわけ?」
 ありえないと心中とっくに否定しながら一応お約束の質問だ。ドラマでは冴えない男が超金持ちのボンボンということは十分にある。
 だが、現実はやはりドラマではない。沙慈はまさか〜と苦笑し、それに被って甲高い女性の声が飛び込んできた。
「沙慈〜! どこにいるのっ?」
 沙慈の顔がご主人様に呼ばれた犬のようにくるっと振り返る。
「……もしかして、彼女?」
「えっ、…いえっ……、あの…、はぁ…」
 是か否か焦る沙慈に「ったくどこにいるのよっ!」とすねた怒声が近づいてきたと思ったら、ひょこんと彼の後ろに金髪の女の子が姿を現した。
「沙慈ってば、まだ片付け終わってないんだからさっさと戻ってきてよっ」
「ごめん、ルイス」
 ルイスと呼ばれた女の子はニールの姿にあっと一呼吸置いてから、「すみませんっ」とぺこりと頭を下げた。
「うるさくしてすみません。今度隣に越してきました。よろしくお願いします」
 会社の上司だと沙慈が説明すると、ルイスはより一層深くお辞儀をしてもう一度「よろしくお願いします」と先ほどより丁寧な口調で加えた。
 何をよろしくなのか。
 お隣さんだからか。
 彼氏の上司だからか。
 ルイスはニールの手にある菓子折りを確認して、
「それ実家の近くのお菓子屋さんのなんですけど、めちゃめちゃ美味しいんですよ」
 と屈託ない笑みを向けてくる。
 今時の若い子には違いないが、悪い子ではなさそうだ。それに育ちの良さも感じられる。
「尻にひかれてるな、沙慈」
 からかうと、
「課長、そんなことありません」
「そうなんですよ」
 相違した男女の声が重なった。
「ま、とにかくお隣さん、よろしくな」
 こちらこそよろしくお願いしますと若い二人が頭を下げる。そしてあげた顔が、ニールの背後の何かを目にしていた。
 いつのまにかティエリアが後ろに立っていた。
「これを今もらったから」
 沙慈とルイスが立ち去ったあとでルイスが絶賛していた菓子折りをティエリアに渡すと、何かを思い出したようにティエリアが「そうだ」と玄関に置きっぱなしだったカバンの中に手を突っ込む。
「そういえば、これをもらったんだが…」
 掌に、十センチ四方ぐらいの箱があった。深緑の包装に深紅のリボン、明らかにクリスマス仕様だ。
「誰から?」
「さあ…」
「さあって」
「社内便で送られてきたんだ」
 社内の部署間の郵便をつかさどる社内便システムは、所定の大小さまざまな袋に入れさえすれば目的の人物まで社内郵便課が届けてくれる。
「宛名がなかったんだ。でも僕宛だった」
「これどうみてもクリスマスプレゼントだな」
「そうか」
「そうかってお前…」
「あけてみたらいい。僕は興味ない」
 包みを押しつけられて、ニールはどうしようか一寸迷ったが、ティエリアが「どうした、早く開けてくれ」と畳みかけるのでじゃあと開封する。
 包装紙から予想はついていたが、中身は高級腕時計だった。トレミー一般社員の年間ボーナス合計ぐらいはするだろう。知る人ぞ知るメーカーだ。
 だが、ティエリアは中身を見てもやはり興味を示そうとはしなかった。なんだ時計かと呟いて、とりだそうともしない。 「いい時計だぞ」
「じゃあニールが使え」
「もらったのはティエリアだろ」
「僕はもう時計は持っている」 
 シャツの下、細い手首にはまっている時計にニールが「え、それ?」と目を瞠ると、「なんだ悪いか」とムッとして睨まれる。
 ティエリアの白い肌に映えるこげ茶のバンドの時計は文字盤に某有名ねずみキャラのイラストがデカデカと描かれている。
 礼儀としてホルダーに納まった銀色の時計を手にする。何気なく裏返しにして、なんだこれはと虚をつかれると同時にかっと頭に血が上る。
「アレルヤより」
 特注で彫りいれてある文字はただ一言。故に実際に彫られた深さや文字の大きさよりもガツンと印象に残る。
「ティエリアへ愛を込めて」でも「A TO T」でもなく、ただ自分の名前だけを刻むキザな行為はあのアレルヤにしかできまい。
 あの野郎。
 人のものだって知っててちょっかいだしやがって。
 しかも秘かに。
 さっきも噂話程度に留めておきながら、本当は探りを入れていたに違いない。
 馬鹿野郎。お前なんかに渡すもんか。
 ニールはいきなり黙ってしまった自分を不審げに見つめているティエリアを抱きよせると、さっき中断された続きだと薄い唇に自分のそれを合わせた。
「イニシャルAは要注意だ、ティエリア。お前の言ったとおり」
「…だろ」
「お前は全て俺のものだから。誰にも渡さないし邪魔させないから」
 吐息の間に確約すると、ほっと弛緩した頬を首元にすりつけられる。
「ちゃんとするから今日は、最後まで」
「本当か?」
「俺だって最後までしたくなかったわけじゃないんだ。ただ、お前があまりにも可愛すぎて、最後までしたらもう絶対手放せなくなりそうで怖くて……。お前は誰ともまだ付き合ったことがないような奴だし、俺でいいのかってのもずっと考えてたし」
「…そんなこと、考えるな」
「考えるさ。大切なやつのことは、俺は考える」
 考えすぎて逆に気を使ってしまうぐらいに。
「考えていたから、尻の穴に入れてくれなかったのか…?」
「そういう下品な言い方をしなさんな…。せっかく綺麗なんだからもったいない」
「そうなのか? 今まで皆に尻の穴について尋ねて回ったが、誰からも下品な言葉だと注意を受けなかったぞ」
「……」
 皆とは誰かは聞くまい。
「とにかくこの週末はもう一歩も外へは出さないから」
 出さない前に出られまい。
 これからニールが仕掛けることがどれだけティエリアの体力を消耗させるか、本当の意味で男同士の繋がりが未体験のティエリアには想像がつかないだろう。
 もう一度熱い貪るような口づけを交わしながら、ティエリアの膝裏に腕をまわして抱きかかえる。
「悪いけどクリスマスディナーはやった後でいいか。もう我慢できない」
 ちょうど腰辺りに自分のまたもや硬くなった息子を押し付けると、もそっと腰を揺らしたティエリアは腕をニールの首に素直に巻きつけた。
「望むところだ」
 多少ムードに欠けるのはこの際目を瞑って、蹴るように靴を脱いだときだった。
 また先程のクラシック音楽チャイムが鳴り響いた。
「……なんなんだよ」
 しかもまた一回で終わらない。親の仇のように連弾されたのち、今度はがちゃんと門扉が勝手に開かれる音が聞こえてきた。
 それは続けてドンドンとすぐ横の玄関ドアを叩く音に変わる。
「ちょっと開けてっ! お願い開けてっ!」
 静まった冬の夜、金きり声をあげてるのは、ほんの少し前に知り合った沙慈の相方、クリスだった。
 ティエリアも誰かわかったようだ。強打で今にも内側にめり込んできそうなドアとニールを交互に観察する。ここで出たら絶対に何かに巻き込まれそうな気がする。
 せっかくの二人の初めてのクリスマスイベントが台無しになりそうな予感がする。
 でも、ドアがひしゃげ曲がるかと幻想するぐらいにドアを叩かれてそれでも開かない人がいるとすれば、それは世界一屈強な精神を持つ人間に違いない。
 そんな精神、営業のニールも数字スペシャリストのティエリアも当然持ち合わせているはずがなかった。
 ……持ち合わせているとしたら、いけしゃあしゃあと上司の新しい恋人に贈り物を勝手に送りつけてきたアレルヤぐらいだろう。
 しょうがないとニールはティエリアを抱いたままロックを外す。
 その瞬間飛びこんできたのは勿論ルイスだった。スペインの大金持ちの娘は号泣して二人に抱きつく。
「っおい…」
「沙慈ってばひどいの〜っ! せっかくのクリスマスなのに、晩ご飯は出前ソバでも取ろうかっていうのよっ〜! やっと漕ぎつけた同棲生活、しかも初夜なのにどうしてお蕎麦なんて陳腐なもの食べなきゃいけないのよ〜っ!」
 ルイスは沙慈の文句をひとしきり涙と鼻水に紛れて吐きだした。
「そりゃ悪かったな…」
「なんで、あなたが謝るんですか…」
「いや、一応上司として」
 沙慈は自分やアレルヤを始め、イロコイに慣れている営業一課の中では異色の存在だ。こうやって可愛い恋人がいるという事実だけでも驚きなのに、そりゃ引っ越し日のディナーの内容など彼には到底工夫する余裕はないだろう。
 そこまで沙慈に望んじゃいけない、お嬢さん。
 そう諭したいのを堪えて「そりゃ大変だな」と表面だけ同情してやると、
「そう思うならすみませんけど今日はこちらに泊めてもらえますか」
「は?」
「え?」
「だってあんなデリカシーのない男とどうやって一緒の部屋で過ごせるっていうのよ、ねぇ?」  ねぇと同意を求められたニールとティエリアがぽかんとしている間に、ルイスは「じゃあお邪魔しま〜す」とさっさと靴を脱いで廊下の奥へと消えていく。
「え、あ、おい、ちょっと!」
 冗談じゃない。
 何故今夜、お前など家にあげねばならないのか。
「ったく沙慈のやつ、何やってやがる」
 部下の情けないへらっとした顔を思い浮かべて舌打ちする。
 その間にも居間のほうから「うわっ、すごーいこの料理」とか「超豪華ケーキだ」と感嘆の声が溢れ漏れてくる。
 ダイニングに用意されている今晩の料理を指しているのは明白だ。
「おい、ちょっと待て、それに触るなって」
 追いかけようと今度こそ靴を脱ごうとしたら、お姫様抱っこされたままの白皙の顔が強張っているのに焦る。
「ティエリア、今追い返すから少し待ってろよ」
「…なんてことだ」
「本当になんてことだ、だな」
 ティエリアを下ろして頭に慌ててキスを落とし、そのまま手を引いて室内へ招き入れる。
 が……。
 結局二人のクリスマスは慌てふためいて迎えにきた沙慈と機嫌を直そうとしたクリスとともに怒涛の中であっという間に過ぎ去ってしまった。
 当然、ティエリアの目的である「尻の穴にいれる」行為を達成することはできず、これは来年への持ち越し案件として終わった。
「なんてことだ……」
 週末の間、ティエリアが幾度となくこのセリフを吐いていたことへの責任を、ニールは沙慈に年始から激務を強いることでとらせたのだが……。
 ティエリアの「なんてことだ」がどういう意味だったのか、ちゃんと把握していたのはその後もランチタイムに「尻の穴」談義に付き合わなくてはならなかったラッセ・アイオン、ただ一人だけだった。


……「トレミー小夜曲」へつづく