ガンダムOO オリジナルBL小説

第二話 プロジェクト≪ダブルオー≫

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 重工業株式会社プトレマイオス。業界通称トレミー。
 本社はユニオンの東京。子会社含めた連結社員数七万人。
 モビルスーツ開発を始め、軍事用重工業における世界トップスリーの一つ。
 取締役社長はイオリア・シフェンベルク。創業者から数えて四代目。2307年就任。五十八歳。
 昨年の業績は過去比較四十八パーセントアップの三兆七千万アール。
 今年ラウンチ予定の最新鋭モビルスーツ≪エクシア≫がSOP段階で既に受注から納品まで一年待ちの盛況。
 ≪エクシア≫はこれまでのトレミーの主力MSである≪キュリオス≫や≪デュナメス≫と違い、攻撃と防御においてマルチに能力を発揮するこれまでとは異なる小型MS。
 トレミーはこの≪エクシア≫に続き、この後継機を既に開発すると発表。


「…で、この後継機ってのがこの≪ダブルオー≫ってわけだ」
 こりゃまいった…とペチンと頭を叩きそうに軽く。叩いた手は蛸のようにふらふらと、そして足元を見ればとっくに靴を脱いで靴下のまま椅子の上で胡坐をかいている。
 トレミーの新プロジェクト≪ダブルオー≫のプロジェクトマネージャー(PM)、アリー・アル・サーシェスはねばっこい視線を一周、会議室に這わせた。
 赤茶色のくせのあるロン毛を無造作にうしろで束ねている。顔はいつ髭を剃ったのか思わず問いたいぐらいの無精ひげで覆われ、肩から上だけの証明写真を見ればそこらの公園で寝泊まりしている浮浪者だ。
 着ているものもよれよれのTシャツに、いつ洗ったのか不明なほどに薄汚れたジーンズ。唯一この男が身につけているものでこの男が高級どりだと証明するものは、その腕にはめたトゥールビヨン・スブランぐらいだろう。赤茶のベルトのそれ以外にも幾つかこれと同じぐらい高級な時計をつけているのを見たことがあった。アリーの趣味なのかもしれない。
「まあ今日が初の顔合わせ会ってことで、キックオフは来週だから。まあそんときまでに今までの仕事にカタつけてくれりゃいいから。キックオフ過ぎてからもずるずる前の仕事引きずるんじゃねえぞ。いつまでもだらだら昔の女に付け込まれる男のような真似してたら張り倒すからな」
 どんなたとえだ…。
 程良く広い会議室の中で、長方形の会議机の雛段、壁に作り付けのホワイトボードの前に陣取っているアリーの真正面の席を与えられたのはニールだった。通常この席はPMに次いでプロジェクトで重要な人間が座ることになっている。
 誰が重要か、商品のコンセプトを決める商品企画なのか、商品を開発する開発部門なのか、全ての資金をコントロールする資金部なのか、コストを細かくチェックしていくコスト管理なのか、はたまた商品を売る窓口となる営業なのか、それは各プロジェクトにより変わる。そしてこのプロジェクト≪ダブルオー≫では、どうも営業が重要と位置付けられているらしい。
 まったく迷惑な話だ。
 ニールの会社人生の中で、このアリーともう一度仕事で組むことになるとは予想していかなったどころか、あり得ない悲劇だ。入社してすぐに関わったプロジェクト≪イナクト≫で散々アリーの尻ぬぐいをさせられてこき使われた。≪イナクト≫自体は営業成績もよく、成功したとトレミー内では思われているが、その影で体を壊して退職したり、アリーの要求に答えられずにうつ病になり休職を余儀なくされたメンバーが沢山いた。
 ニールの営業同期で入社時から仲が良かった男もそうだ。胃を悪くして胃潰瘍を腹に八個も抱えて働き続け、ある時オフィスで吐血して倒れた。そいつはそのまま辞めてしまった。今でも時たまメールをし合う関係だが、そのたびに「お前まだ働いているのか。よく体がもつなあ」と感心される。
 その彼が、言った。
「アリーは天才型なんだよな。だから出来ないヤツがどうして出来ないのか、その気持ちや過程がわからないんだ」
 ニールもそう思う。
 アリーはMS開発に関しては天才だ。元々MS乗りだった経歴からも解る通り、MSが心底好きなのだろう。だからMSについては何でも解る。そして自分の解ることは他人も解って当然だと誤解する。
 そういう何か一つのことにストイックな人間を、ニールは嫌いではない。
 ただ、アリーのやり方がよいとは思えないだけだ。
 そんなことをぼっと考えているうちに、どうやら自己紹介が始まったらしい。自分の知っている女性が立ち上がった。
「商品企画課長、カティ・マネキンです。今回のこの≪ダブルオー≫はうちとしても満場一致で開発を決めた商品ですので、手を抜かずによろしく」
 男らしい挨拶だった。頭を下げることも「微力を尽くす」だの「足を引っ張るかもしれませんが」だのという、ありきたりの口上もない。
 アニューの上司だから名前だけは知っていたが、実際に会うのは初めてだった。噂ではまだ独身で、独身を貫くんじゃないかと既に行かず後家認定を周りからされているらしい。
「仕事は出来るし尊敬しているけど、仕事にかまけてああなりたくはないわ」
 アニューの口癖だ。
 それが自分との結婚を匂わせようとしているのか、それとも全く他意はないのか。ニールにはいまいち判断がつかないでいる。
 カティ・マネキンに続いて開発部門代表として開発主任のラッセ・アイオンが挨拶した。
 ラッセはまだ課長ではないが、直属の課長が部長を兼任していて多忙なため、こういう課長クラス以上の会議にも代理で顔を出すことが多い。ニールもよく同じ会議に居合わせ、いつのまにか喫煙所友達となった。年も近いせいか何度か外でも飲みに出かけてたこともある、気さくで頼りになる知人だ。
 挨拶が終わって腰を下ろしたラッセは、ニールの視線に気づいたのか、こちらを見ると「よう」と手で小さく挨拶してきた。
 何人か知らない顔の挨拶ののち、ニールは次に立ち上がった金髪男を見て、思わず小さく「げっ」と呻いてしまった。後ろの控え席にいた沙慈・クロスロードが耳元で「どうかしましたか?」と囁く。
「いや、なんでもない。ちゃんとメモっとけよ」
「はい」
 沙慈はニール筆頭の営業一課に今年から入った営業補佐だ。まだまだ新人ということで、いろんな会議に補佐出席させて、営業部内用としての会議の議事録をとらせたりと経験を積ませている最中だ。神経が細やかで今どき女子社員だって見向きもしないお茶淹れとか観葉植物の世話など、甲斐甲斐しく働いてくれている。
 金髪男は立ってわざとらしく髪の毛を掻きあげると、「開発実験部課長のグラハム・エーカーだ」と名乗った。
 あぁ……。
 この男を知る人間から仄かな諦めたような溜息が洩れる。
「わたしがこの≪ダブルオー≫の試作機から全てを試験評価することになる。わたしは既にこの≪ダブルオー≫のスペックを見て確信した。このモビルスーツは今までのどんなモビルスーツよりも神々しく、勇ましく、そして王者に相応しいものになるだろう。乙女座の僕が開発に携わるにふさわしい一機であると、……」
「あ〜、わかったからもういいって…」
「いや、これから僕の考えるところの≪ダブルオー≫について語ろうと思っているんだが…」
「それはまた存分に語ってくれや…、自分の家ででも…」
 アリーのかったるそうな声に、「そうか?もういいのか?」と不満そうに三度尋ねたグラハム・エーカーだったが、出席者の中の一人、ビリー・カタギリと目が合うと、何やら満足そうに座りなおした。
 グラハム・エーカー。金髪に緑眼のなかなかの好青年だ。開発プロジェクトに関わっていない女性社員の間でも評判が高い。それは彼の実態を知らないからだとアニューは言うが、ニールもその通りだと思う。
 決して悪いやつじゃない。根はいいやつだ。ただ、暑苦しいだけだ。見た目は涼しやかなのに妙に熱く情熱的で、語り始めると異様に長い。噂では昔、朝から始まった会議で語り始めたらとまらず、その会議が終わったのはもう終業間近だったらしい。
 そんなグラハムを唯一理解して制御できる人間が、さっき多分グラハムを視線で制してくれた、こいつもちょっと変わった男、ビリー・カタギリだ。
 トレミー内でも1、2を誇る技術屋で、このプロジェクトでは開発の中でも別格とされるソフトウェア制御開発担当として今後プロジェクトの中核を担うことになっている。
 ぴよよんと長いポニーテール頭に長細い眼鏡。常に白衣を着用し、漂う雰囲気はやはり少し独特だ。悪いやつじゃないが底知れぬ闇が心の中にあるタイプだ。昔、幼なじみにして現在トレミーの社員相談室のお姉さんにこっぴどく振られて以来、女性相手の恋愛はダメになってしまったという噂がある。
 横の人間の挨拶が終わったので、ニールはさっとスーツの上着を正すと、営業で仕込んだ張りある声で自己紹介した。
「営業代表でこのプロジェクト担当になった営業一課長のニール・ディランディです。よろしくお願いします」
 挨拶は短く。余分なことは一切言わない。これが営業のモットーであり、実際挨拶というものの基本でもある。
「こいつが俺がいないときの代理人になるから、何かあったらこいつにお伺いたてとけよ〜。近い将来の営業本部長だからな〜、恩売っておいて損はないぞ〜」
 ボリボリと脇の下をかきながらのアリーの言葉に、若い連中は一同ニールを見つめた。
 何言いやがるんだ…。たいがいにしろ。
 悪態は心の中だけ。顔はあくまで冷静に。営業の基本をこんなところで生かしてどうする。
 挨拶が一通り終わったところで、アリーが自分に一番近い空席を指差した。
「ここは、一応コスト管理なんだけど、今日はどうしても都合付かないって欠席だ。来週のキックオフから顔出すらしいからまあ、よろしくな。すっげえべっぴんさんだから。皆期待しとけよ〜」
 コスト管理の美人? そんなやついたか? ニールはコスト管理の顔をぱぱっと思い浮かべたが、憶えている限りでは見当たらない。そこの女性社員には失礼だが、まあ普通の顔ばかりで美人と銘打つタイプは皆無だ。
 派遣社員でもはいったか?
 プロジェクト顔合わせミーティングが終わり、エレベーターに乗る前に横の喫煙室で一服していたら、ラッセもやってきた。他愛ない話をしながら今度飲みにいこうと約束する。飲むことを考えていたら先週経費落ちしなかったフレンチレストランの領収書の件を思い出してまた腹が立ったのでラッセに聞いてみた。
「ラッセさあ、経理のなんとかって男知ってるか? 結構美形でおかっぱの、色白で…」
「ティエリア? ティエリア・アーデか?」
「そんな名前だったかもな…すげえ美人だぞ。男のくせにさあ」
 ラッセは確信したように頷く。
「間違いない。ティエリアだな。経理で美人っていったらアイツしかいないし。ティエリアがどうかしたのか?」
ニールが先週の領収書紙吹雪事件を手短に話すと、ラッセはタバコを吹き出しながら肩を揺らした。首から下がる青い社員証ストラップも軽く揺れる。
「そりゃ災難だったな、ニール。ティエリアにかかっちゃあ無理だって。アイツ元々監査から経理にきたんだよ」
「監査?」
「そう。内部監査。しかもこの会社来る前って外部の会計監査事務所に勤めてたんだぜ」
「じゃあ中途採用ってことか?」
 元々トレミーの会計監査事務所から引き抜かれて内部監査部採用となり、その後経理部所属となったのだとラッセは教えてくれた。
「でも今度コスト管理に移動になるって聞いたけどな」
「誰から?」
「誰からって…本人から」
「なんだラッセ、親しいのか」
「まあ、親しいっつうのかな。お前もアイツとしゃべったことあるんだろ? 結構とっつきにくいからさ、友達とかいなくってさ。そういう意味で言えばまあ俺は親しいのかもな」
 最後の一吹きを終えて灰皿で揉み消したラッセは、「お先に」と出ていく。その後ろ姿をぼんやり見ながら、ニールはさっきのティエリア・アーデとの関係についての説明は何だか曖昧だったなあと思い返していた。


 翌週、正式にプロジェクト≪ダブルオー≫発足のお知らせが社内報にて掲載されていた。各主要メンバーの詳細と共にこのプロジェクトのゴール、期間、予算など概要が説明されている。
 沙慈が机上に置いておいてくれたそれを昼休み後に一服しながら眺めていたニールは、コスト管理部からの担当者の名前を見てまたもや「げっ」と美しくない声を漏らしてしまった。
 そこには見たくも聞きたくもない、大事で高級な請求書を紙吹雪と化させたヤツ、ティエリア・アーデの名前がどどんと大きく載っていた。