ガンダムOO オリジナルBL小説

第十九話 ラッセ・アイオンの憂鬱

HOME

 十二時まであと十秒。…八秒、七秒、六、五、四、三……。
 リリリリリーン。
「フライングだ……」
 ラッセは充電器上で取って取ってと鳴り響く社内携帯をじっと睨んで、取ろうか取るまいか悩んでいた。
 いや、本当は悩む余地などない。結局は取ることになるのだ。自分の性格上、そして周囲の……
「よう、携帯鳴ってるぜ」
「……わかってますよ」
「じゃあ早くとれよ」
「いいじゃないですか。いつ取っても」
「何お前子供みたいなこと言ってんだぁ? ニールみたいだな、お前」
 地雷に近い名前を言われて、ラッセの眉間により一層深い皺が刻まれる。その皺を刻んだアリーは悪びれもせずに早くとれよと自ら電話に手を伸ばした。
「ちょっと、あんた人の電話取らないでくださいよ」
「お前がちっともとらねえから気をきかせてやったんじゃねえか。感謝しろ、感謝を」
「そういうのを有難迷惑っていうって俺は小学校の時に習いましたけどね」
「俺小学校行ってねえから」
 ひゃっひゃっひゃ。
 相変わらずの笑いを室内にふりまきながらじゃあお先にと部屋を出ていく。
 その間も携帯は止むことなくラッセが取るのを待っている。パソコン画面右下に設定したカレンダーを見れば月曜日。やっぱり今日は月曜日。そして、やっぱり今日も月曜日。
 暗い気分で電話にでると、相手は開口一番「昼ご飯一緒に行ってやってもいいぞ」ときた。
「いや、俺まだ仕事終わらねえから」
「いつ終わるんだ? 待っていてやる」
「いや、別に待ってくれなくてもいいぞ」
「遠慮するな」
「遠慮してねえよ。いや、マジで今日は別の誰かといけよ、な」
「相談がある友人を見過ごすのか、おまえは」
「……相談? お前先週もそう言って、」
「相談だ。ラッセに聞きたいことがある」
 この毎度のセリフを鵜呑みにしているわけでは決してないが、聞きたいことがあると言われて断りきれないのがラッセの良いところでもあり悪いところでもある。ラッセ・アイオンのアニキ肌性格を知り尽くした人間、ティエリア・アーデだけが使えるセリフだ。
「ティエリア、お前さ…」
「絶対の絶対、聞きたいことがある」
「……わかった。じゃあ下でな」
 諦めて了解した瞬間に電話が向こうから切れた。用事が終わればもう声すら聞く必要もないということか。
 なんだかなあ。
 固まっていた肩をコキコキ回しながらパソコンをスリープモードにすると、ラッセは未だ込み合うエレベーターを並ぶ集団に交った。
 基本的にランチに社員食堂に降りていくのさえ面倒臭くて普段は通勤時に買ってきておいたパンやおにぎりを食べて済ませるのが常のラッセにとって、込み合った食堂に出向くのも、そこまで込み合ったエレベーターに乗るのもどちらも御免こうむりたい時間の浪費だ。
 しかもこの師走の次期、プロジェクトも徐々に年度末の大詰めに近づき、開発代表としては不衛生不健康ながらパソコンの前で昼食を済ませられればというのが正直なところだ。
 それがこの一か月、週に少なくとも三回はこうやってティエリアの強制的お誘いに付き合っている。
 その理由はただ一つ……。
「ようラッセ、久し振りだな」
 肩を叩いたのは営業一課長のニール、まさにラッセがこの通勤電車並みのエレベーターに乗らなくてはならない理由そのものだった。
「今から昼飯か? 俺らこれからまだ会議でさ。会議室に仕出し弁当持ち込んで食いながらだよ。すげえ最悪だよ、なぁ沙慈」
 そうですねと、ニールの横にいた部下らしき男が苦笑する。
 今からティエリアと昼を食べる方がよっぽど最悪だ、この浮かれ野郎。俺が会議に参加して仕出し弁当食ってやるから、お前こそティエリアの相手をしてこい。
 原点に立ち返れば、ティエリアがこうやってラッセを昼食時に呼び出すようになったのは全てこのニールが原因だ。面と向かって吐露する幼稚さはないが、内心一人毒づく。
 ニールは知人としては勿論好きだが、それを一時的に凌駕するほど、ここのところラッセの精神はささくれ立っている。
 自分でも知らずに眉を寄せていたらしく、気がつくとニールが不思議そうにこちらを見ていた。
「どうした、ラッセ、何かプロジェクトで問題でも起こってるのか?」
「いや、別に何でもない」
「そうか? 何か難しい顔してるぜ」
 そりゃお前の恋人のせいだよ……。
「なんでもない。それよりティエリアとはどうだ?」
「どうだって別に、普通にうまくいってるけど? あいつ何か言ってたか?」
 言ってるよ、かなり大胆に……。
「いや別に。ただお前ら付き合い始めて一か月ぐらいだったなと思ってさ」
「別に何もないけど?」
「そうか、じゃあいい」
 ピンと軽い音がして壁のランプが点灯する。一般企業にしては大きな箱のエレベーターに後ろから押され気味に乗り込んだ。まるで満員電車だ。腕をぴったりくっつけ合いながら少しプロジェクトの話をしてから、途中階で降りるニールと別れた。
 じゃあなと明るく手をあげるニールは以前にも増して男ぶりが上がった。同姓の自分が言うのも変だが、さらに自信に充ち溢れ、頭から後光がさしているようにすら見える。最近プロジェクト内の女性陣からもニールについての情報を聞き出そうとするあたりをつけられることが更に多くなったのも否めない。
 全てティエリアと付き合いだしたからか。
 何やら二人の間には一応の紆余曲折なるものがあったらしいが、それを乗り越えて……ティエリアの表現によれば「大海原を身一つで泳ぎきる覚悟で飛び降りて」……ついに押すに押されぬ恋人同士にこぎ着けたということだ。
 大海原を身一つで泳ぎきる覚悟ってなんだ?
 飛び降りるってどこからだ?
 様々な疑問が頭を掠めたが、馬鹿馬鹿しいので掠めるだけに留めておいた。
 孤児院で一緒だった幼いころから何やかんやとティエリアの面倒を見てきたラッセだけに、一人で放っておいてよいときと本当に助けを必要としているときの見極めはできる。
 今回は前者だったはずだったのだ。
 一階に着いて会社内で一番大きなカフェテリアに向かう。正面入り口の本日の献立が見本付きで並んでいるケースの前でティエリアは待っていた。
 早速お互い自分の昼食をセルフで盆に載せて集中レジで社員証をスキャンする。適当に空いた席に座ろうとするティエリアを制し、ラッセはぐるっと広い室内を見渡した。
 どこかあまり人気のない場所がいい。この時間に人気のない場所など皆無だと知っていながら探してしまう自分は小心者だろうか。
 横でどこでもいいじゃないかとぶすくれ気味のティエリアを無視して更に見回すと、ちょうど窓際の二人席が空くところだった。急いでティエリアを促して大股で近づく。
 ちょうど席を離れようとしていた女性二人のうちの一人がこちらを見てにっこり笑った。総合受付のクリスだった。そこまで親しいほどではないが、入社した頃に参加した合コンで一緒になったことから会えば挨拶する程度の仲を保っている相手だ。
 軽く礼を言ってティエリアと向かい合って座ると、クリスがトレイを持ったままじっとティエリアを見ていた。見られているティエリアは目の前の二人分はありそうなランチの皿に釘付けでクリスなど眼中にない。
「クリス?」
 ティエリアを見つめる目が何となく普通でないのを感じて声をかけると、クリスは取り繕ったようにもう一度笑いを浮かべて、先に歩きだした連れの女性の後を追った。
「おい、お前クリスと知り合いだったか?」
「知らない。だれだ、それは」
「ほら今そこ歩いてく金髪の……」
 ティエリアはすぐさま知らないと首を振った。
「そんなことより、だ。ラッセ。お前は先週「今週末はきっとニールはしっかり最後までやってくれるだろう」って言ったな」
 始まった。ランチの定食にナイフとフォークを入れながら無駄と知りつつ恍けてみる。
「そうだったか……?」
「そうだ。でもニールは何もしてこなかったぞ。どうしてだ?」
「どうしてって聞かれても俺にわかるわけないだろうがよ」
「同じ男だろう?」
お前も男だろうが……。
「何かお前が悪かったんじゃないか?」
「悪かったって何かだ?」
「知らねえけどさぁ、たとえばムードがなかったとか」
「夜酒を飲んだ後だ。ムードがないわけない」
「じゃあニールが疲れていたんじゃないか?」
「なんで恋人に会うのに疲れるんだ?」
 ティエリアよ。人間恋人のためだけに生きているわけじゃない。仕事で疲れてどんなに最愛の相手を前にしても勃たないこともあるんだぞ……。
「さあなぁ、それこそニールに聞いてみたらいいじゃないか」
「聞けないからお前に聞いているんだろうが」
 さも自分の権利とでも言うようにティエリアがパンをもそもそ食べながら呆れた一瞥をくれる。
 呆れるのはこっちの方だ。
 なぜにお前とニールの性生活について、真昼間の社員食堂で長々と説明を受けた挙句に指南を求められなければならないのか。
 ニールと恋人になった次の日から、ティエリアは突然ラッセをランチに誘ってくるようになった。
 最初は珍しい幼馴染の誘いに気軽に応じていたラッセだが、初日からそのお相手であるニールについてとくとくと語られて少し腰が引けた。頻繁に誘われて断らずに付き合っているうちに、ついには二人のセックスについてまで質問してくる人目を気にしない大胆さに頭を抱えた。
 十センチ横に別の社員が座っているのに「尻の穴にアレを挿れるのは痛いのか」とか、「あそこを舐めてやったら下の毛が口に入ってきた場合はどのタイミングで出せばいいんだ?」とか、もう他人のふりどころか同じ日本人のふりすら拒否したいような赤裸々な質問のオンパレードに、ラッセはティエリアの幼馴染である事実を初めて恨んでしまったのだった。
 性格が元来勉強熱心で取り扱い説明書などは隅から隅まで読むのが当たり前のティエリアは、生まれて初めての恋人とのセックスにもその性格を発揮している。どのタイミングで服を脱ぐのか、脱いだパンツは朝どのタイミングで履きなおすのか、最初にあげる嬌声は「あんっ」なのか「いやっ」なのか、ラッセはこの一か月、もう二度と同じ質問をされる可能性はないだろうと断言できるようなことに答えてきた。
「……でもニールはいつも僕のことを好きだと言うんだ。可愛いともいう。なのにどうして最後までしないんだ?」
「自分が可愛いことは認めてるんだな」
「ニールが言うんだ。本当なんだろう」
 ティエリアは親鳥を慕う雛のように、ニールの言うことに絶対的信頼をおいているようで感心するやら呆れるやらだ。
「でも好きだと言うのに最後までしないというのは、それは僕に身体の魅力がないということなのか? 尻の穴に突っ込むほどの価値が、……」
「もうわかったからっ」
 これ以上「尻の穴」を連呼されたらたまらない。
 慌ててティエリアの口を塞ぐと、口元についていたデミグラスソースが手のひらについた。
「ってか喋る前に口の周り拭けって」
 ナプキンを渡してやると、ティエリアはおとなしく口元を拭いてから、また「どう思う?」と聞く。
 ここ暫くのティエリアの悩みは、「ニールが最後までセックスをしてくれない」ということらしい。ニールの元彼女を蹴落として晴れて恋人になったのに、ニールは途中までしかしてくれない。ティエリアのアレを口で……だったり、ニールのアレをティエリアの股間で……だったりと、ラッセから言わせればかなりの内容を既に体験しているように思えるが、ティエリア曰く「尻の穴にニールがつっこんでこない」のが不満だというのだ。
 ラッセはノーマルで男同士については一般教養としての知識程度しか持っていないが、べつにつっこまなくてお互いのを扱き合うだけで満足のゲイカップルも多いと聞いているので、つっこまれないのがどうして不満なのかがいまいちよく理解できない。
 ただティエリアは「つっこまれて晴れて一人前の恋人同士」と思い込んでいるようなのだ。
 先週も、その前の週末にニールの家に泊まりに行ったが最後までされなかったと、ラッセにどうしてだと悲惨な顔で問うてきた。その時に「次の週までのお楽しみに取ってあるんじゃないか」などといい加減な受け答えをしてしまったのがアダとなった。
「ニールには何か考えがあって最後までしないのかもしれないじゃないか。ほらもうすぐクリスマスだからその時のお楽しみにしておくとか」
「そうなのか?」
 それは俺が聞きたいよ……。
「いや例えば、だけどさ。でも別にニールと上手くいっているんなら別にそのする、しないに拘らなくてもいいんじゃないか? ニールと一緒にいられるだけで十分だと思うけど、俺は」
「でもあの女とはしっかりしていたんだぞ。それを僕ではだめってどういうことか、ラッセは考えたりしないのか?」
 しないね。全く。
「前の彼女は前の彼女だろ。それにもう別れてるんだし、その彼女じゃなくてお前がいいってニールは言ったわけだからまずはそこでよしとすべきなんじゃねえのかな」
 商品企画の才女アニュー・リターナーを振ってティエリアをとった話はここ最近知る人ぞ知る話題だ。
 長年付き合ってきたアニューとは結婚の話も出ていたと聞く。どこからみても完璧な彼女を捨ててまで知り合ってたかが一か月のこのティエリアのどこが良かったのか、ニールのその価値観とやらは自分にはサイズの違う服のようだ。
 でも。
「まあ、お前もニールをちょっとは信用しろよ」
「している」
「してるならいろいろ不満言うなよ」
「言ってない。事実を述べているだけじゃないか」
 不満げにぷうっと顔を膨らませる幼なじみは、孤児院に居た頃と変わらず可愛い。
 この弟のような存在が幸せであれば、ニールのしてくれた選択も悪くないのかもしれない。
 たとえそこに彼の選択によって傷ついた人間がいようとも。
 アニューはその後かなり荒れて、やつれて、仕事にも支障をきたすほどに落ち込んだとこれも噂で耳にした。
 さすがに危機感を感じた上司のカティが既に早々に溜まっていた有給消化させる名目で来年までお休みを取らせたらしい。
 そういうことを、ティエリアは知っているだろうか。
 ……いや、知らないだろう。
 知らなくてもいいとラッセは思う。
「まあせいぜいニールと楽しんでくれよ」
「楽しむ? セックスをか?」
「……いや、いろいろと普通に健全なことも」
 これ以上あれこれ聞かれるのに耐えられそうにもないので、お互い食べ終わったところで席を立つ。
「この席、空きますか?」
 斜め後ろから声をかけられてラッセが振り返ると、長身の男がトレイを持ってにっこり笑いかけてきた。
「ああ、どうぞ」
「ありがとう」
 机上に汚れがないかさっと確認してからティエリアを促そうとして、その男の顔に見覚えがあることに気がついた。反射的に会釈すると向こうも同様に軽く頭を下げる。
 男は一緒に居た女性の椅子を引いてやって座らせる。まるでこの机だけ高級レストランかホストクラブみたいだ。
 男も黒髪が顔半分を覆い、長身にデザイナースーツと頭上からつま先まで一人過剰に洗練されている。顔は見たことがあるが、どこで見たのか思い出せない。
 トレーの返却口に向かいながら、ラッセはティエリアに耳打ちした。
「あいつ誰だっけ?」
「ああ、社員相談室のスメラギ・李・ノリエガだ」
「いや、男のほう」
 あの女性が社員相談室のお姉さんか。相談することがないので一度も出向いたことのないラッセは初めて噂の女性を見て、「なんだ姉さんっていう割に老けてんなぁ」とスメラギが聞いたら爆発しそうな独り言を呟く。
 ティエリアは後ろを振り向いてから首を振った。
「男のほうは知らない。見たこともない」
「俺、あいつどっかで見たんだよな……、まあいいか」
 ラッセとティエリアが返却口でトレーを戻して食堂を出ていく。
 その姿に、ティエリアと話したこともあるのに忘れられていた男、アレルヤ・ハプティズムはじっとねばつく斜め視線を向けていた。