世界で最も美しいとされ、自然遺産として国土まるごと登録されている希有な王国アザディスタン。
そのアザディスタンに数ある環礁のうち、もっとも美しく、そしてもっとも小さいトランザム環礁。
海の宝石とも呼ばれるこの環礁に唯一存在するリゾート、それがプトレマイオスリゾートです。
アザディスタン唯一の空港からスピードボートで45分。
周囲徒歩20分の島に僅か十五部屋のビーチハウスとウォーターハウス。
そのどれもが200m2の広さにプライベートプールを備えたラグジュアリーリゾート。
朝陽を眺めながらテラスで朝食をとる、真っ白なビーチと二十メートル下まで見通せる透き通った海で癒される。満天の星空の下で一流シェフのシーフード料理に舌鼓を打つ。
あなたもここで夢のひとときを過ごしてみませんか。
プトレマイオスリゾートへようこそ!
「……ようこそ、ですって、アレルヤ」
「うん……歓迎されているようだね、一応」
「でも私たち、別にお客さんじゃないし……」
勝手に始まったプロモビデオがまた勝手に終わり、一気に静かになったキャビンでぽつぽつ言葉を交わしていると、テーブルを挟んで対面のソファに座っていたさっきの老夫婦のうち、夫人の方があら、とこちらを向いた。
「あなたたちもプトレマイオスリゾートにいらっしゃるんじゃないの?」
どうやらお客さんじゃないし……の一言に興味を示したらしい。
「あ、僕たちはちょっと……、違います」
普通この恰好を見たら高級リゾートの客層ではないと判断がつくだろうに、金持ちは存外こういう一般事情に疎い。きっと周囲が皆金持ちばかりで平民と出会ったことなどないのだろう。彼らの辞書に「場違いな奴」とか「貧乏ったらしい服装」という一文はないに違いない。
「私たちはこのリゾート経営者の知り合いで……」
「あらあら、じゃあ貴方達がここの持ち主でいらっしゃるのね」
「いえ、私たちが持ち主ではなくて……」
「ここは本当に素敵なんですってねぇ。お友達が先日ここで滞在させていただいて、とっても気に入ったらしくて薦めてくださったから来てみたのですけどね……なにからなにまで至れり尽くせりだそうで」
「あの、僕たちは経営者の知り合いっていうだけで……」
「このお船もとっても乗り心地がよくて快適だしねぇ」
全く人の話を聞いちゃいないご婦人は、テーブルの上に容易されたシャンパングラスを手にするとそっと口元に持っていく。仕草も優雅だ。ついでにテーブルの上も優雅この上ない。フルーツバスケットに数々のカナッペにミニケーキ。アルコールとジュースをとり混ぜたドリンクボトル。
たがか島に向かう船の中でここまでしなくても誰も文句を言わないだろうに、とアレルヤはつくづく贅沢さに溜息がでる。
どうやらどこかの会社を経営して金はあるがやることはないという老夫婦のどうでもいい話を右から左に流しつつ、アレルヤとマリーは沈みそうなほどふかふかのソファに座ってようやくここまでたどり着いた事実を噛みしめる。
四年。
それが長いのか短いのか。
何かに没頭していればあっという間だろうが、何もすることがなければえらく長く感じる中途半端な時間、と言えるかもしれない。
ソレスタルビーイングのメンバーとして戦ってのち、アレルヤとマリーは他の生き残りクルーとは一味違う道を選んでみた。
すなわち、それ巡礼なり。
世界各地の巡礼スポットをまわって同じように巡礼の旅を続ける同士と交流を深めながら、人生とはなにか、戦いとはなにか、生死とはなにか、などなど、哲学的な疑問を自分の中で消化して解決していく。それが巡礼だ。
この行為に走る人間は、様々な理由を抱えている。
人生において誰かを傷つけた、その贖罪として続けている巡礼者もいれば、連れ合いに先立たれてその面影を追い求めて彷徨い続ける巡礼者もいる。そしてアレルヤたちのように、行き場を失ってやることがなくなった人間もいる。
ファーストシーズンとセカンドシーズンでガンガン戦わされたアレルヤは、心底戦うことが嫌になっていた。MSなんて二度と乗りたくないし見たくない、パイスーもどんなに裸かパイスーかの二者択一に迫られようと絶対選びたくないぐらい、見ただけで嫌悪を覚えるほどになっていた。
もうこんな生活はいやだ。その一心で放浪を選んだ。
自分の分身であったハレルヤもファーストシーズンで仲違いして以来、ふらりとどこかへ逃げたきり戻ってくる気配もない。
あの粗暴者がどこでどうやって生きているのか。ちょくちょく気になりはしたが、もう二度と合わないならそれでもいいや、ぐらいに考えている。所詮超兵機関で偶然知り合っただけだ。また出会う運命ならばどこかでふと再会したりするだろう。
それに、長いこと密かに思っていたのだが、トレミークルーはどう考えても普通じゃなかった。
戦闘中にも酒をかっ食らっている予報士や、人間だかアンドロイドだかわからない顔だけが自慢の中性体に、偉く若い嫁を貰ってその自慢ばかりしている中年技術屋。
セカンドシーズンに入ってからは、高校時代の彼女が忘れられずに気迫だけでトレミーに乗り込んできた一般ピープルや、スパイのく
せに恋愛に溺れて自分を見失った女と、敵ではあるが一人っ子故の意固地な性格が災いして実の父親を殺した男。
途中参入してきたのはこう言ってはなんだが、誰もが中途半端な人間ばかりだった。
ある意味、トレミーではだれもがネガティブな意味で個性的で、肝っ玉の小さいアレルヤは実はあまりこのグループになじめなかった、とも言える。
だからセカンドシーズンの終わりでトレミーから離脱できる機会を得てほっとしたのだ。
ばんざい、これでやっと普通の人の仲間入りだ!
アレルヤは自分が幼少期に普通の人の枠を飛び越えてクラスチェンジしていることをすっかり忘れ、諸手を挙げて喜んだ。
そして同じように、マリーもどうにかトレミーから下船できないか画策をしていた。
感謝はしている。それに嘘はない。
敵だった自分を快く……何も考えていなかっただけかもしれないが……受け入れてくれて、タダ飯食べさせてくれた恩は忘れようもない。
だが、その恩にも勝る「奇妙な団体への畏怖の念」がマリーの心をずっと蝕んでいたのだ。
二人は同郷のよしみ、いや、同類の連帯感からとりあえずソレスタルビーイングから離れ、戦争と全く関わりなく生きていこうと決めた。
ひとまず全国各地を巡って疲弊した心を癒してみよう。そして元気になったらまたどうするか考えよう。二人でいればなんとかなるさ。
お気楽に考えたアレルヤとマリーは何も考えずに巡礼者となり、転々と場所を移しながら己の徳を高めていった……はずだった……のだが……。
いつのまにかうとうとしていたらしい。
ガコ、ガコガコガコ……と船体が緩く揺れることで目を覚ましたアレルヤは、視界に映る緑色の光に目を細めた。
「ついたようですよ。良く寝ていらしたわね」
先程の老女がにこにこ笑みながら教えてくれる。きっとアレルヤもマリーも彼女からすれば孫と同じぐらいの年頃だろう。
「よほど疲れていたのかしら?」
「ええ、まあ……」
ここ暫くまともな場所で寝ていません。炊き出しのような場所でしかご飯を食べていません。五日ぐらいお風呂に入っていないのですが臭くないですか……?
「お若い方は大変ねぇ。でもここでゆっくりなさって養生されたらいいわ」
「そうですね。そうさせてもらいます」
オーナーだという誤解はいつの間にか彼女の中で解決していたらしい。
「アレルヤ、なんか幻想的じゃない?」
マリーの目も緑色の光に釘付けだ。島の湾岸に沿って浮かぶ無数の夜間照明。ゆらゆらと真っ暗な闇の中で蛍のように瞬いている。
ゴゴゴゴッ、ンゴッ。船が小さな桟橋に横づけになる。
老夫婦が出ていくのを待ってから、よっこらしょと荷物を担ぐ。彼らの荷物はちゃんと収納デッキに保管されていたが、なぜか誰もアレルヤとマリーのリュックについては伺いを立ててくれなかった。汚いものには手をつけず……というところか?
「プトレマイオスリゾートへようこそ!」
桟橋に一列に並んだ面々が声をそろえて迎えてくれる。
その中に、あれ?と首を傾げる人物がいて、アレルヤは思わず「あれ? なんでいるの?」と声を出した。
まさか。死んだんじゃなかったっけ、この人。だから代わりの弟が登場したんじゃなかったっけ?
「ちょっと二人いたら話がややこやしくならない?」
「いや、別に」
一人が言う。
「特に不便は感じないけど」
もう一人も言う。
「……あ、そう。なら、まあいいんだけど」
その人は、はるか昔ファーストシーズンでいなくなったはずの、ライルの兄、ニール・ディランディだった。