ガンダムOO オリジナルBL小説


コントラバシストの自覚

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 スメラギに電話で聞いたロックオンのアパートは、アレルヤのホテルから歩いて十五分ぐらいの場所にあった。
  アパートと言っても一軒の大きな家をフロア毎テナントに貸し出しているまあ言わばペントハウスみたいなもので、各フロア毎に外との玄関がついていて、アパートというよりは平屋を積み重ねた家みたいなものだとスメラギは変な説明をした。ユニオンでは見かけないAEU諸国独特の賃貸形式だ。
  ついでに明日の練習は自分もティエリアも出席できないと伝えると、承知はしながらもその理由を根掘り葉掘りつつかれたので自分はともかくティエリアについては体の具合が良くないと誠意一杯の哀調満載で話すと何とかおばさん根性を引っ込めてくれた。
  自分の話は強ち嘘じゃない。夏とはいっても夜は冷える。もしティエリアが予想したとおりだったら風邪を引く原因はつかまえてそうだったし、それにアレルヤとしても今日目的を果たしたらティエリアをそのまま紳士的に家に送ってあげる予定は更々考えていない。しっかりお持ち帰りしてその体にも自分の存在を刻みつけるつもりだった。その為の布石はどんな瑣末なコトでも前もってうっておくのがアレルヤ・ハプティズムだ。
  スメラギに教えられた最上階のドア、つまり無駄に坂を上って一番上まで登ると、ボワンとした仄かな街頭が照らす石畳の上に何かが転がっているのが見える。
 (あ〜あ、あんなところで転がって、風邪引いちゃうよ・・・)
  アレルヤが溜息混じりに近づくと、やはりそれは地面に転がって寝息を立てているティエリアだった。
  体を幼虫のように丸めて縮こまっているその手には携帯電話が握られていたが、確認すると案の定電源は切れている。全くもって意味がない。
  すーすーと軽い寝息をたてた穏やかな顔は、表情とは裏腹にその頬にはなんだかゴミのようなものがへばりついていたし、明らかに泣いていたらしい、頬が涙でカピカピのテカテカになっている。
 (いじめすぎちゃったかな・・・)
  一応アレルヤにも自覚はある。寧ろ自覚がないのはティエリアだったのだ。
  アレルヤが珍しく真面目にアタックしているのにこの茄子色頭は全く気付かずにいたのだ。たしかにティエリアには普通人間がもつ恋愛感情という甘い感覚が備わっていない。でもそれはアレルヤが思うに元来そういう回路を使ったことがないだけだ。使ったことがないから新品のままティエリアの中で眠っている。そしてそれを使うことを教えなければ、恋とか相手を好きだとかいう気持ちを自覚させなければ、ティエリアもそしてアレルヤも前に進めない。
  ティエリアは無意識に知りたくないと願っているのかもしれない。知らない感情を納得するのは人間誰だって怖いし、ティエリアのような対人間スキルが人より欠如している特異生物ならなおさらだ。
  でもそのままじゃやはりまずいだろうしアレルヤも困る。
  誰かに無体にされて寂しいと自覚させなくてはいけない。そしてティエリアの場合は、この誰かはアレルヤじゃなくてはならない。これだけは誰にも譲ることはできない。
  アレルヤはティエリアの横に片膝をついて屈むと、そっと紫の小さな頭を片手ですくい上げ、案の定冷たくなった体を抱き寄せた。
    洋服の地面に付いていた側は薄汚れている。白いTシャツで地面に這いつくばるなんて綺麗好きのアレルヤには到底信じられない。
  ティエリアを起こそうとしてちょっと戸惑う。起こすのが忍びなかった。きっとずっと不安で眠れずにいて、遂にロックオンという存在に頼ろうとして、ダメ押しに彼に拒絶されたなれの果てが今地面に転がっているこの状態だろう。
  ロックオンが古巣のニューヨークで若い燕・・・男性同士でも燕というのかは知らないが・・・と甘い生活を送っているのはカティから電話で聞いている。その幸せ満喫中のロックオンに遠く離れたティエリアを今までどおり気にかけてあげたのか、アレルヤには甚だ疑問だったし、逆に気にかけてもらっても困る。ティエリアの視界から消えてもらってティエリアにロックオンは頼れる人ではないと認識させるために、わざわざカティに言いたくもない礼を言ってまでロックオンのニューオークでのポジションを確保させたのだ。
  過去数週間、ティエリアは自分では理解しがたい不安定な感情を持て余していただろう。感情は理解できればそれが不愉快なものでも人間はさほど苦しまないが、理解もできずに不快なものを抱えていると精神は知らずのうちに病んでくる。ティエリアの目の下にくまが出来始めたのはアレルヤが荒療治を始めてからだ。可哀相だと知りつつこれが最初で最後だとアレルヤもぐっとティエリアに触れるのを堪えていたのだ。
  そんな理由がティエリアに理解されるはずはなかったが・・・。
 「ティエリア・・ティエリア、起きて」
  軽く頬を撫でながら囁くと、まつ毛が揺れた。瞼が痙攣したようにピクピクと動き、うっすらと瞼の中から梅花色の瞳が現われて・・・その瞳がアレルヤの銀彩と交差した途端、ティエリアの顔が無残にも歪んだ。
 「っお前なんか、嫌いだ!」
  一気に涙が溢れ出てきて大洪水を引き起こした。乾いた涙の跡をまた潤して道づけるように引きを切らずに流れてくる。
 「・・お前なんか大嫌いぃ、どっか行け!大嫌いだ・・・」
  ティエリアは起き上がるやいなや、涙でぐちょぐちょの顔を気にすることもなくアレルヤの体をポカポカ叩き出した。両手の拳でまるで太鼓を叩くように胸や肩を叩いてくる。感情を制御することができなくなった壊れたロボットみたいだ。
 「おま・・えな・・てウソばっ・・・だ・・!ウソ・・・っかつい・・ダマそ・・う・・とするなん・・て・・っ!!」
 「僕がいつティエリアに嘘をついたの?」
  アレルヤはティエリアの攻撃を受け止めてやりながら優しく問いかけた。
 「・・い・・もウソば・・・っか、お前はっ・・・オ・・をすきっ・・・って・・・たく・・・にぃ!!」
 「そうだよ、僕はティエリアが大好きだよ。嘘なんかついていないじゃないか」
 「嘘だっ・・って・・おまっ・・ひと・・り・・にして・・・ヒッ・・」
 「ティエリア・・・泣くか喋るかどっちかにしなきゃね」
  アレルヤはそろそろいいだろうと、少し叩く速度が弱まったティエリアの腕もろともその小さな体をキュッと抱きしめてやった。
  言葉が感情に追いつかなくてエグエグ言うだけのティエリアの拉げた唇にそっと自分のを充てて、チュッとワザと音を出してやる。くぐもった音を喉で鳴らして必死で泣きやもうと頑張るティエリアが濡れた目を瞬かせながらも睨み上げてくる姿がまたツボにはまる。
 「だめだよティエリア、そんな可愛い顔しちゃあ。このまま食べてしまいたくなるよ」
 「・・ゥッヒッ・・・嫌いだ・・・お前な・・な・・か・・」
 「何で嫌いなの?僕何にもしてないよね?ティエリアにちゃんと練習させてあげたし、好きなようにさせてあげてたよね?」
 「・・ひっ・・ひっとりにッ・・・し・・じゃな・・か・・」
 「え?だってティエリア一人が好きなんだよね?そう言わなかった?」
 「・・・・」
 「なのに何で僕が嫌いなの?」
  アレルヤはティエリアの背中をあやすようにポンポンと軽くリズムをつけて叩く。ティエリアはアレルヤのシャツを掴んで無意識に離れまいと自分より二廻りは大きい体に自分を預けて、その呼吸はアレルヤのリズムに沿うように徐々に乱れをなくしはじめた。
 「ティエリア、少しは落ちついた?だめだよ、泣いたらちゃんと顔拭かないと。綺麗な頬が台無しだよ」
  アレルヤはズボンの尻ポケットからハンカチを取り出すと、シミ抜きするように目元からずっと濡れた後をポンポンと軽く叩きながら水分をふき取ってやる。そしてついでにズルズルと耳触りな音を出している鼻にハンカチを被せるとキュっと摘まんだ。
 「はい、ティエリア、ちゃんとかんで」
  ティエリアの涙と鼻水の処理に尽力をつくしたハンカチをまたポケットにしまうと、アレルヤは顔をこすろうとするティエリアの手を掴んでその甲にキスした。
 「手で擦っちゃだめだよ、肌が痛むからね」
 「・・どうでも・・いい・・・」
 「よくないよ、せっかくこんなに綺麗なんだからちゃんとしないとだめだよ」
ちょっとの間おとなしくされるがままだった小動物がまた急にアレルヤから逃れようともがいたが、アレルヤは片方の手でその腰をぐっと囲み掴んで押さえる。その小動物はキュっと唇を噛みしめてまたそのルビー眼に非難の色を灯している。
 (今度は何が気に障ったのかな、王子様は・・・)
  アレルヤは内心思わずクスっと笑わずにはいられない。恋愛のれの字も知らないくせにティエリアはヘンなところに拘るのだ。
 「・・やっぱりお前なんか・・嫌いだ・・」
 「だから何で僕が嫌いなのって聞いてるよね?」
 「・・・お前は・・誰でもいいんだ・・僕じゃなくても、誰でも・・」
 「そんなこと言ってないじゃない。僕はティエリアが好きだって、恋人にしたいって言ったよね?」
  自分を睨み上げ続ける顔をじっと見つめてあげても、納得できないとその表情が語っている。
  アレルヤはこれ見よがしに溜息をついてみせた。
 「どうして誰でもいいなんて思うのかなあ。そう思うほうがおかしいんじゃないの?ティエリアの方がヘンだよ」
 「ヘンじゃないっ!・・っお前がヘンなんだっ・・・綺麗だったら・・なんでもいいくせに・・」
  どうも綺麗だと言われたことが癪だったらしい。素直に褒められたと思って流せばいいのにこういう言葉尻に引っ掛かって躓くのだ。本当に綺麗なのだから自分で自覚すればいいだけなのに。
 「ティエリア、僕はティエリアがいいんだよ。それがまだ解らないのかな?」
 「お前は、誰でもいいんだ・・・毎晩違うヤツと出掛けていたくせに・・、僕を放っておいたくせに・・」
 「だってティエリアだよ、独りがいいって、僕のこといらないって言ったのは」
 「っいらないなんて、言ってないっ・・!」
  ティエリアの拳がまたアレルヤの胸をド突いてきたが、アレルヤは今度こそその両腕をぐっと力を込めて掴んだ。はっとした怯えがティエリアの顔を覆う。
 「ティエリア、答えて。ティエリアは僕が好き?ティエリアが僕のことを好きだって言ってくれるなら、僕はもう二度とティエリアを一人にしないし寂しい思いもさせないよ。他の誰とも出掛けない。ティエリアだってわかるよね?僕がティエリアを大好きだってこと。初めて会った時に言ったよね?」
 「・・・独りに・・しない・・?」
 「しないよ、絶対に。ティエリアがちゃんと僕のものになってくれるならね・・・そんなにこれって難しいことかな?」
  アレルヤは極上の笑みをティエリアに向けると、どうしていいか分からずに頭の回路がパンク寸前のティエリアのつぶらな赤眼が自分を射抜いてくる。
 「・・本当に・・ひとりにしない・・か・・?」
 「しないよ。ティエリアが僕の恋人でいてくれるならね」
  ティエリアの頭が一つコクンと頷いたので、アレルヤは鼻が詰まり気味で半開きになっているティエリアの小さい唇に口づけしてあげた。
  実際どれだけティエリアが恋人という言葉を理解して自覚しているのか、たぶんアレルヤの感覚とは程遠いだろう。アレルヤの「寝よう」はセックスを気絶するまでする意味だが、ティエリアにとっては同じ部屋で「寝る」ことでしかないだろう。それぐらい意識が違う。でも相手の意識改革は実にやりがいのある趣味だともいえる。
 「約束だよ、ティエリア・・・僕の恋人だからね、君は」
  自分の唇でもう一度ティエリアのそれを挟み込んで、今度はすっぽり覆ってしまってから舌でティエリアの唇を丁寧になぞってあげると、ティエリアの強張っていた体から力が抜けていくのが伝わってくる。
 (このまま押し倒してしまいたいけど、ここじゃちょっとね)
  まだ二人は外だ。しかもロックオンのアパートの前というしょうもない場所にずっといても不毛なだけだ。
  それにさっきからティエリアの体が変に温かいのも気になっていた。抱き包んだ時にシャツもズボンも湿っていたので、ヘタすると風邪の引き始めかもしれない。夏とはいえこの辺りは夜はぐっと気温が落ちるから油断してるとすぐにティエリアのような無頓着な人間は風邪をもらってきてしまうだろう。
  アレルヤは自分が立ち上がりながら同時にティエリアの両腕を引っ張って何とか足を立たせた。細い腕に鳥肌が立っている。半袖で寒いのだ。
  アレルヤは汚れたティエリアの服を軽く叩いてあげてから、再度屈むと自分の背中をティエリアに向けた。
 「ティエリア、はい、乗って。おんぶしてってあげるから」
  文句は帰ってこなかった。ティエリアが寝ているところを起こされて、泣きわめいて疲れているのは知っている。きっとここからアレルヤのホテルまで歩いていくのはしんどいだろうし、夜風で本当に風邪を引かれても困る。
  ティエリアはアレルヤの背中に乗ると、体をぴとっとくっつけて四肢をアレルヤの首と腰に巻きつけてきた。やはり寒いのだろう。アレルヤの体温を吸い取るように密着させてくる。
 「ティエリア、寝てていいよ。着いたら起こしてあげるからね」
  返事はなかったが、ティエリアの顔の重みが肩に100%預けられた感覚が、ティエリアが自分の背中で安心しているのを証明している。
  このままアレルヤの背中で居心地良さを感じてくれればいい。自分といることの居心地良さを味わって離れたくないと思ってくれればそれでいいのだ。
  アレルヤはゆっくりとホテルへ向かって歩き出した。やっと手に入れた宝物が背中に載っている。今夜のお楽しみもそうだが、これから永遠にこのティエリアを愛でて、甘やかして、自分好みに育てあげることを考えると笑みを抑えることができなかった。