ガンダムOO オリジナルBL小説


ピアニストの恋

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「アレルヤ・ハプティズム?」
  ソファにドカッと座っていたロックオンは驚いてスメラギを見上げた。
スメラギ・李・ノリエガはソファに座っていたロックオンのタバコをその手から受け取ると、そのまま口に銜える。まだ一口しか吸ってないから十分長い。
  人の点けたばかりのタバコを取るのはスメラギの至極日常の生活行為だ。 そして盗られたものは絶対返ってこないし埋め合わせもないこともロックオンは重々承知している。
「そう、アレルヤ・ハプティズム、面識あるの?」
「いや、まあ、そうだな、ある・・・かな」
「どっちなのよ」
  スメラギの声がイラっとしたがそれ以上は追及してこない。ロックオンは肩をすくめると、ソファに身をいっそう沈めた。
「噂はよく聞くよな。今世紀で唯一の天才、だっけ、広報のキャッチ」
  そう、今世紀最高と謳われているピアニストだ。数々の有名なオーケストラでゲスト共演し、チケットは彼の名前があるだけ発売からものの3分で完売するという。 たとえ本番中3分しか出演しなかったとしても。しかも自分で映画やTV用の作曲もするから、最近はオーケストラで弾く時間すら少なくなり、チケットは更にプレミア物と化している。
  昨今クラシックなんて特に若者には興味ないジャンルだが、そのピアノはクラシックとは無縁の人でも、一度その音色を聞けば魅了されるらしい。
  極めつけにこのピアニストは顔が良い。
  長めの黒髪で顔半分は大抵隠れているが、その銀色の目は常に穏やかで、微笑むとほわっと周囲が春色になる・・・・とは同じ楽団でバイオリン奏者のクリスティナの言い草だ。
  かといってピアニストにありがちな神経質で細いもやし男ではない。逆にバランスよく鍛え抜かれたがっちりとして、かといってそこまで男臭さを主張しない体躯をしている。
  音楽に携わる人間であれば、一度はその音色を直に聞いてみたいと言う程のピアニストだ。
「よくアポ取れたな」
  ロックオンの賛辞を帯びた一言に、スメラギはタバコの煙を吐きながらニヤッとした。
「わたしを誰だと思ってるのよ」
  たしかに。スメラギ・李・ノリエガはこのPMC シンフォニー オーケストラのオーケストラ マネージャーとして、半年前に別のオーケストラから引っ張られてきた。
  オーケストラを運営する軍事財閥PMCトラストが、オケマネにしては破格の待遇をオファーしたという。
  その手腕を早くも見せてくれたということか。
「あのピアニスト、5年先まで予定が塞がってるって話だったぜ、前聞いた時は」
「そうよ、でも予定は予定、天気予報だって100%じゃないわ」
  スメラギは事もなげに言う。たしかに予定は予定だ。金か名誉か、理由は何であれそれを変更するだけの餌をスメラギは提示したというだけだ。
  何を餌にしたのかロックオンは気にはなったが、あえて追求するのをやめた。
  この曲者として名高いスメラギはめったに手の内を明かさない。聞くだけ無駄だ。
「で、いつ呼ぶんだ?5年後か?10年後か?」
「今度の野外劇場」
「ああ? ってもう初日まで2ヶ月だけど」
  スメラギの辞書には不可能という文字はないが、それを理解しているロックオンでもさすがに吃驚だ。
  PMCSOの拠点地であるこの町には古い野外劇場遺跡があり、定期公演や特別公演とは別に、毎年夏にこの野外劇場を利用して音楽祭がある。
  かなり歴史が古い伝統のある音楽祭と位置付けられていて、オペラやオーケストラ公演を数日に渡って開催し、世界各地からクラシックファンが訪れる。
  既にプログラムは出来て、チケットも完売し、招聘する奏者も決まっている。
  PMCの楽団員以外の招聘奏者ももう暫くするとこの町にやってきて、音楽祭まで一緒に練習をする予定になっている。
「今からプログラム差し替えするのか?」
「演目を増やすことにしたわ。皆との共演が1曲、それとアレルヤ・ハプティズムのピアノソロコンサート。ソロのチケットはこれから発売しても問題ないしね」
  スメラギは自信タップリな口調で煙を口からポワーっと吐き出すと、灰皿にタバコを押し付けた。
  たしかにアレルヤ・ハプティズムのソロチケットなど、発売後即座に完売だろう。
「まあ、えらく急なことで」
「これで集客も問題なし、去年との差は埋められるわ」
  スメラギはガッツポーズを作ると、その手をひらひら振って部屋を出て行ってしまう。いつものことだがタバコ供給に対する礼はない。絶対スメラギは自分でタバコを買ったことはないはずだ。いつも誰かにたかっている。
  去年との差とは、主席指揮者のことを指していた。
  主席指揮者として35年勤め上げたエイフマンが去年のクリスマスコンサートで引退し、今年からグラハム・エーカーがPMCの主席指揮者として就任した。
  エイフマンとは比べ物にならない程若いが、もちろん主席を張るぐらいだから才能も豊かで、これまた二枚目のさわやか金髪青年だ。
  多少自分の才能に酔ってしまう言動があるものの、そこが可愛いいとロックオンなど比較的若い団員は歓迎している。
  だが、世間的にはやはりまだ若く、どうしてもエイフマンと比べてしまうファンも多いようで、今年は年間定期会員数が若干減ったりもした。
  だからスメラギもこの辺りでガツンとグラハムを押し上げたいという思惑もあるのだろう。
「アレルヤねえ・・・」
  ロックオンは嘆息すると、これから自分の身に起こりそうな限りなく現実に近い予測に微妙に頭痛を覚えた。

 

 その噂のアレルヤ・ハプティズムにとって、ふつう飛行機の機内で隣りになるのは人間だとごく自然の摂理の如く思っていたが、今回はどうも状況が異なるようだった。
  AEUの某ハブ空港からユニオンのニューヨーク行きに出発間際に最終乗客として飛び乗ったファーストクラスの座席で真ん中2席のうちのC席の半券を
持ったアレルヤは、その横のF席に何だか大きな茶色いびろんと首が長いものがシートベルトで固定されて座っているのを見て、挨拶するべきかどうか真剣に悩んだ。
  人間の背丈程あるそれは、焦茶色のカバーに包まれて中身は見えないが、形と大きさから間違いなくアレルヤもよく知る弦楽器の一つであるコントラバス
で、しかも現存するコントラバスの中でも一番大きいAEUの1/1サイズだ。
  弦楽器ではチェロまでは機内へ持ち込むのが普通だが、コントラバスで機内持ち込みはアレルヤも見たことがない。
  通常コントラバスだけは受託手荷物として、スーツケースと一緒に空を飛ぶ。
  これだけ大きいとまさに横に鎮座しているのと同じように、座席を一席確保しなくてはならず、それにはお金がかかる。
  普通の楽器弾きやオケメンバーにその資金が出ることは通常ない。ならばこのコントラバスの持ち主はよほど有名な奏者か、ただの偏屈か、どっちかだ。
(きっと後者だな)
  アレルヤが勝手に納得して、自分の荷物を頭上のコンパートメントに入れて席に座ろうとした時、唐突に声が飛んできた。
「席を替わってくれないか」
  疑問符も申し訳ないという表現もついてない命令は、コントラバスから通路を挟んだH席から聞こえてきた。
  H席の主人はスクっと席を立つと、数歩すすんで腕を組んだままアレルヤの前に仁王立ちになった。
「席を替わってくれ」
  再度、今度は更に短フレーズが頭上から降ってくる。
(ふーん、この子がコントラバスの子か・・・)
  見上げたその先に、肩までのストレートな髪をおろした子がじっとその紅色の瞳でアレルヤを射抜いている。
  アレルヤは即座に状況を理解した。彼は自分の楽器と一緒に並んで座りたいから、アレルヤに自分の席と交換してくれと頼んで、いや、命令してきている。 ファーストクラスで2席隣り合ってるのはこのC席とH席しかなくて、アレルヤがC席を予約していたから、この子は楽器と一緒に座れなかった。
(確かに、偏屈そうだ)
  自分の思考選択が正しかったことを納得しながら、でもアレルヤはその顔を眺めながら全く逆の感想を同時に頭中でつむぎ出す。
(なんて可愛いのだろう)
  体温の全くないような人形のような顔をしている。冷たそうで白い。菫色の髪もわずかな暖も跳ね返すようにまっすぐで細い。
  その中で緋色の瞳だけがキラキラ鋭く強い光線を出している。
  学校なら《はいよく出来ました》、花マル確実の整った容姿だ。
  人間じゃないみたいで、こんな綺麗な子が怒って華奢な姿を精一杯膨らませても、子猫が毛を逆立ててる程にしか怖くない。しかもあきらかにこのデカイ持ち物より自分の方が小さくて細い。
  アレルヤはプッと笑いたくなるのを堪えながら立ち上がるとコントラバスを指差した。
「これ君のだよね?」
「そうだ」
  一応確認が取れると、アレルヤは首長楽器のシートベルトをはずしてその首部分を掴み、通路を移動させてH席のシートベルトに固定してしまった。
「・・何をする!?」
「だって僕は隣はティエリアがいいよ」
「・・・・?!」
  名前で呼ばれてティエリアは驚いた顔をしたが声は発しない。
(なぜわかったのか聞きたいくせに、あまのじゃくだ)
アレルヤはにっこり微笑むと、状況が把握できず顔を歪めているティエリアの細腕を掴み、ぐっと引き寄せて無理やり楽器があった席に座らせた。
  シートベルトも丁寧に閉めてあげる。そうして自分も座りなおした。
「ほら、ティエリア、横が人間の方がいいでしょ?」
アレルヤはまだ混乱気味のティエリアに再度微笑んだ。
(カバーに名札ついてるじゃないか)
気づこうよ、それぐらい。でもまあいい、わからない事はわからないままの方がいい時もある。その方がインパクトが残る。
  ティエリアの中で突如生まれたアレルヤの存在が。
ティエリアは暫くアレルヤを睨むように見つめていたが、アレルヤがもうティエリアの存在など忘れたように雑誌を広げて読み始めたので、解答を得られないと思ったのか、その視線をはずした。
ティエリアの横顔を目端で捕らえてみる。
どうして名前がわかったのか知りたいだろうに、諦めたのか、解からないことはそのままスルーさせてしまうのか、多分後者だろう。
音楽家にありがちな性格だ。
楽器を弾いている人種は、往々にして面倒くさいことが嫌いな気がする。わからないことは別に自分が困ることがなければ、そのままわからないままでよい。 わからないからと調べること自体が面倒くさいと思ったりする。アレルヤは逆に正反対の性格で、キチンとしてないと気がすまないが、以前共演したことの
ある某トランペッターは典型的音楽家タイプだった。容姿も体躯も長けて女性にも人気があるのに、面倒くさいことが嫌いな性格から女性と長続きしないヤツだった。
出発前の様々なアナウンスが飛び交っていたが、暫くすると僅かなGを感じて、飛行機が離陸したことがわかった。
  毎週のように移動で飛行機を使うから慣れてはいるが、それでも気圧の変化に耳が不快になるのは、アレルヤも地味にイラっとする。
  気をつけていても鼓膜は反応するし、指も膨張する。
  耳の不快さを直そうと首を捻ってアレルヤがふと横を見遣ると、広い背もたれの端にちょこんと頭を預け、口が僅かに開いて寝音を立てているティエリアの顔が直ぐ真横にあった。
  飛行機の微妙な揺れが心地よかったのか、すーすーとその胸が安定して上下している。
  茄子色の髪はサラサラで僅かに白い頬にかかっている。キツくみせる紅眼が閉じている分、色がなく人形のようにみえる。
  僅かな音をたてる唇は薄く冷たそうだが、熟れて食べてと言いたげな淡梅を発色していた。
(無意識に誘ってるよね、これは)
アレルヤは思わず笑みを漏らすと、至極自然に、覆いかぶさるように近づくと、その温度のなさそうな唇に自分のものを重ねてみた。
  予想どおり冷たいけどしっとりとしていて柔らかい。冷蔵庫で冷やしておいた取って置きのゼリーを食べた瞬間みたいだ。
  ティエリアは一瞬口が塞がれて身じろぎしたが、起きる気配はない。この気配がない無防備さが、やはりティエリアにもちゃんと気づいて欲しいという一方的欲求をアレルヤの心中に生まれさせる。
  唇同士が触れ合うだけじゃ物足りなくもなった。
  アレルヤはキスはそのままに、舌でゆっくりとティエリアの上唇、下唇と順番になぞり、両唇の合せ目も舌でつーっと擦ると、僅かにできた隙間からティエリアの口内に舌を進入させた。
  ティエリアの舌を探しつつも歯列をなぞり、まずは隅々を触りつくす。
「・・っん・・」
無意識にティエリアが喘ぎ出した声に余計触発される。アレルヤはティエリアの細い顎を手でそっと支えると、更にその甘い口腔を侵食しつづけ、奥に隠れていたティエリアの舌を探りあてると自分の舌と絡ませた。
この行為にさすがのティエリアも意識が浮上したのか、瞼が開きかけ、鮮梅色が銀色の瞳を映す。
「・・・!!」
ティエリアがまさに言葉どおり飛び起きて顔を後ろに引いた。
「起きた?」
アレルヤは何事もなかったかのようににっこり微笑みながら、ティエリアを正面から覗き込んた。
「・・・今、何をした!?」
「何も。ティエリアこそどうしたの?」
「・・・・・・どうも、・・・しない」
逆に聞かれてティエリアは一瞬不可解な表情を出す。眠っていたから憶えてないのは当然だ。微妙にへの字に曲がった口と眉間に皺の表情も可愛い。
(ホント可愛い)
  アレルヤはこの世に一目惚れという言葉があるのは知っていたが、現実に自分が体験するとは夢にも想像したことがなかった。
  いつも自分は受身で、来るもの拒まずだったし、去される経験はなくても、もしあったとしたら去るもの追わずだ。
  なのにこの横にいるチマチマした人形は、対人間スキルゼロのくせに、なぜかアレルヤを惹きつける。
(一目惚れだな)
  アレルヤは自分の置かれた心理状況に、なぜか自分自身が興味を覚えていた。
「ティエリア、これから末永くよろしくね」
  言葉と同時に、アレルヤはティエリアの額にまたキスを落とす。
  突然微笑まれ、キスされ、意味不明な宣言を受取ったティエリアは再度反射的に体を引いたが、アレルヤはそんなリアクションは無視して、ズボンの後ろポケットからお財布を出すと、なかからカードを1枚取り出して、ティエリアの小ぶりな手にそっと握らせた。
  変哲もない白い名刺サイズのカードに、濃銀で名前だけが記載されている。ティエリアはよくわからないままにもらったカードを怪しげに見つめている。
「アレルヤ・・・ハプティズム・・・」
  声に出して読むティエリアに追い討ちをかける。
「そう、ティエリアの新しい恋人の名前、覚えてくれたよね?」
「ヘンな名前だ・・・」
  ティエリアはヘンな名前に気を取られて、今アレルヤがした勝手な恋人宣言は、残念ながら耳に入っていなかったようだった。
  しかも感想が『ヘンな名前』では、アレルヤがピアニストだとも気づいていないのは明らかだ。
  同じ音楽の世界にいるのに、本当に自分のこと意外には興味がないらしい。
「まあ、いいよ。すぐに僕のことで君をいっぱいにしてみせるから」
  アレルヤは当たり前のように呟くと、またティエリアの頭頂部にキスした。


ピアニストの恋


「ティエリア・・ティエリア・・起きて」
  当初のアナウンスどおり定刻きっかりに到着し、飛行機が駐機場で最終停止してもティエリアはぐっすり眠ったままだった。
  起こすのはかわいそうだが、このまま機内で寝ているわけにもいかない。
  アレルヤはティエリアの体を軽く揺さぶった。暫くののち、焦点の定まらない紅眼がアレルヤを捕らえる。
「ほら、ティエリア、立てる?」
  ボーっとしているティエリアの体を支えて立ち上がらせる。到着したのも何もわかっていない様子だ。
  寝ている間、何度かアレルヤが唇を掠めても全く気づかなかったティエリアだ。機内にいることさえ忘れてるのかもしれない。
  着ている白いシャツも襟元が多少寝乱れて、鎖骨周辺が露わになっている。
(もったいないなあ、ここが機内じゃななければ早速食べるのに)
  不埒なことを思いつつも、素早くティエリアの相棒であるコントラバスのベルトをはずすと、片方の肩にしょい上げ、手には自分のバッグを持ち、もう片方はティエリアの手を握ると、機外へと進み出た。
  後ろからまだ寝ぼけまなこの菫頭がついてくるのを一応目端で確認する。
  フワッとあくびをしているその姿は無防備すぎる。
  大体アレルヤに手を引かれて歩いていること事態にも疑問を抱いていないことが、ある意味図太い。
  アレルヤは片方の手はティエリアを掴んだまま、入国審査の列に並んだ。AEUからユニオン諸国への入国は同じユニオン内、AEU内を行き来するのより少し面倒くさい。
「ティエリア、パスは?」
  がさごそとズボンのポケットを探ると、ティエリアは紺色のパスをアレルヤに見せた。AEU発行の一般共通パスだった。ティエリアはAEUのどこかの国に属していることになる。
  AEU諸国のどの国に属していようと、パスは同じだから一見どこの国民かはわからない。対してアレルヤは人革連発行の緑色のパスを所持している。
「ティエリア、荷物は預けてるの?」
  審査を通ってから尋ねると、ティエリアは無言で頭を横に振った。チェックイン荷物はないらしい。じゃあターンテーブルで荷物を待つこともない。どんなにファーストクラスの荷物が一番最初に出てくるにしても、出てくるまで待つのは不毛でアレルヤは嫌いだ。
  勝手知る空港をさかさかと抜け、到着ゲートに出ると、すぐさま自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。広報兼マネージャーのカティだ。彼女の声は遠くからもはっきり通る。
「アレルヤ、お疲れ様。車をそこに待たせてあるから・・、」
  いいながら、カティはアレルヤの横にちょこんと立っているボーっとしたティエリアに直接的で訝しげな視線を当てた。
「これ、あなたの連れ?」
「機内で一緒だったんだ」
  ね、とアレルヤはティエリアに微笑んだが、当の本人は全く明後日の方角を見ている。
「で、どうするの、連れてくの?」
  カティにとってこれぐらいのことは至極日常的な事柄に分類される。
  アレルヤの身の回りの世話をして5年、アレルヤが版権を委ねる某巨大音楽会社から彼の世話役として派遣されているが、アレルヤはよく拾いものをする。 やる気満々名声狙いの女だったり、絶対誰も拾わないような捨てられた動物だったり、時によりバラエティにとんでいて、こんな音楽家の端くれは充分ましな範疇にはいる。
  しかも今回の拾いものは一瞬見ただけでとてつもなく綺麗な顔だとはわかる。見た目は悪くない。
  一瞬で吟味しているカティにどうするのかと聞かれて初めて、アレルヤはティエリアがニューヨークに何しに来たのか、まだ聞いていなかったと気が
ついた。ずっと寝とぼけていたのだから聞く余地を与えられなかったとも言えるが、その姿かたちに魅了されて基本的質問をするのを失念していた。
「ティエリアはこれからの予定はどうなっているの?」
「ニューヨークで仕事がある」
「うん、それはわかるよ、もうここはニューヨークだからね」
「迎えがきた」
  全くかみ合っていない返事をすると、ティエリアはコントラバスを軽く持ち上げて自分の肩にしょいあげると、彼に向かって歩いてくる長身で長髪をポニーテールにした何だか怪しげな男に向かった。
  アレルヤたちと少し離れたところから会話が伝わってくる。
「遅い」
「ティエリア、今年もよく来たね、元気だった?」
「今年もまた呼び出されてうんざりだ」
「しょうがないよ、契約なんだから」
  会話が成立しているのかも定かでないようだったが、それでもポニーテールは親しげにそしてごく自然にティエリアの肩を抱き寄せると、コントラバスを代わりに担ぎあげてティエリアを促した。
  歩き出し、ティエリアがするっと振り返ったが、ポニーテールは強引にティエリアの肩を寄せ、二人は外へと消えていってしまった。
「よかったの、これで?」
「全然問題ないよ」
  口元で笑うアレルヤが、カティには気持ち悪かった。こういうアレルヤは既に何かを考えていたりする。そしてそれを突然カティに振ってくる。
  アレルヤが迎えの車に乗り込むと、暇を与えずカティは今後のスケジュールについて説明を始めたが、その弾丸トークをさえぎると、アレルヤが
さっそく『何か』を告げてきた。
「ねえ、PMCから出演依頼って前に来てたよね?」
「来てたわね、一ヶ月ぐらい前だったわね。とてもじゃないけどムリよ」
  何百にも上る依頼の中の一つを聞かれても一応答えられるのが、カティ・マネキンの記憶力の指針でもあるし、先に釘をさしておくのも彼女のマネージメント能力の一つだ。
「PMCの依頼受けて。一番早い時期で」
  絶句のカティに続ける。
「そうそう、あそこ夏の野外音楽祭あるよね、もうすぐ。あれに出るって伝えて」
「・・・・」
「僕の演目追加してもらって、その間のリスケ頼むね」
「・・・・」
「あ、あとコントラバスとピアノの共演やってみたいなあ、1台ずつ2人きりで」
「・・・・」
「コントラバスはティエリア・アーデ指名でね」
『全然問題ない』理由はこれだった。コントラバスについていたネームプレートは、PMCのものだった。アレルヤは目ざといのだ。何とか崖から這い上がった気分のカティは、
「・・・そのティエリア・アーデってのはさっきの子かしら、アレルヤ」
  と一応、念の為、万が一にも、一縷の望みをかけて、尋ねてみたが、尋ねるだけ無駄だった。


 かくして、アレルヤ・ハプティズムのPMCへの出演は、スメラギ・李・ノリエガの力ではなく、ただ単にアレルヤのティエリア・アーデに対する一目惚れの産物だったが、スメラギは自分の実力だと当たり前のように思っていたし、当然ティエリアは自分のおかげだとも思わず、それどころかアレルヤ・ハプティズムの存在すら既に亡失しつつあった。
  そして当のスメラギに感謝されるべきティエリアは、迎えにきたビリー・カタギリの車の助手席でこのポニーテール男から不本意な歓迎のキスを額に受け、その刹那なんか忘れていたことを思い出したような気がしたが何か思い出せないままでいた。
「そういえばティエリア、スメラギさんからの契約書持ってきてくれた?」
  そうだった、スメラギから今回の3週間のクリニックの契約書を、会ったら直ぐに渡すように再三言われていた。ティエリアはズボンのポケットをまさぐると、皺のついた三つ折の紙を取り出してカタギリに渡した。
  そのとき何か別の紙が足元にすべり落ちた。拾い上げると名刺サイズのカードだった。カタギリは目ざとくその印字を見て驚いた声で尋ねてきた。
「あれ、ティエリア、アレルヤ・ハプティズムと知り合いだったの?」
「・・・・」
  そうだった、飛行機の中でこのヘンな名前の男に会った。そして・・
「・・アレルヤ・ハプティズム・・?」
「ティエリア知らないわけないよね?ピアニストの」
  ピアニストだとかいう付帯情報は左から右へスルーして、急に唇が熱くなった。思い出せなかったことが急にフラッシュバックしてきた。思い出した。キスされた。何度も。
「ティエリア、どうした?」
「・・・なんでもない・・」
  ぎゅっと唇を噛みしめてそっぽを向いたティエリアは、必死で何があったか思い出さないように忘れるように他のことに意識を集中しようとした。
  カタギリは自分もピアノ専攻の本領発揮と、大学に到着するまで延々とアレルヤ・ハプティズムについて語っていたが、ティエリアには何も記憶に残らなかった。
  キスされたことだけがティエリアの頭のハードディスク容量全部を占めてしまっていた。