ガンダムOO オリジナルBL小説

スターのもらった贈り物 中編

HOME

数日ぶりに訪れたパン屋兼歯医者は、なぜか戦場と化していた。
戦場と化しているのは勿論パン屋ではない。歯医者の側だ。
いつもはぼーっと暇そうな雰囲気が、手りゅう弾爆発まであと間もないという気配を醸し出している。
赤眼先生が普段惰眠を貪るデッキチェアには、みたこともない若いカップルが二組、四人には狭い空間にちまちまと座っている。その周りにも何やらワラワラと数名の若い男女、そして、なぜか歯医者の入口に向かって老若男女の長い行列ができている。
どう穿ってみても、これは「満員御礼」「大繁盛、ごめんなさい」の図だ。
(どうしたんだ、今日は・・・下手な治療にクレイム殺到か?)
いや、もしかしたら世界中から歯医者がいなくなって、この赤眼先生が地球上唯一の生存歯医者になってしまったのかもしれない。
ロックオンはバイクを空き地脇に止めると、行列の合間から中を覗きこんだ。
「歯医者」と書かれた看板が掛かっているドアは開け放たれたまま、外から待合室が丸見えだ。その先の診療室へのドアはさすがに閉まっているが、中から例の歯医者特有の機械音が鳴り響いている。
これはとてもじゃないが今この瞬間にバイクの件を問いただすのは無理だ。今待っている人数を考えても、一度出直した方がよさそうだ。
(しょうがねえ、一度戻って明日にでも出直すか)
問題の焦点であるバイクに乗って帰るのもちょっと気が引けるが、ここはそれ。使わせて頂くことにする。ホテルまで歩けば二十分以上かかるが、バイクなら五分程度だ。ついでにこれからこのバイクでどこかに出かけてもいい。前に先生を連れていったガルタの町までも、その道中の景色は目を奪われるほどに綺麗だった。
しょうがないとバイクに戻ろうと踵を返したところで、聴きたくないフレーズがまたもや耳に飛び込んできた。
「あれ、・・・もしかしてロックオン・ストラトス?」
デッキチェアに座っていたカップルの一組の女性がこちらを凝視している。まるでパンダかジュゴンでも見るように隣の彼氏の肩を叩き、二つの瞳が四つに、八つに、それは一気にそこにいる人数の二倍まで膨らんだ。
否定も肯定もせず、曖昧に笑う。ここはさっさと退散するに限る。
足早にバイクに戻り、エンジンをかけようとしたが・・・・・。
「ロックオン・ストラトス!!貴様、逃げる気かっ!!??」
(げっ)
振りむくと、行列の合間で仁王立ちになり、こちらをビシッと指差している白衣のサタン・・・いや、赤眼先生がいた。
いつもより殺気だっているのが遠くからでも解る。オーラが違う。いつもはまだ音にするとピキピキだが、今はもうメラメラだ。
「やっぱり、ロックオンよ」
「え〜、どうしてこんなところに」
「休暇じゃないの?」
「違うよ、映画の撮影だろ?」
「歯、痛いのかしら」
「まさか、ロックオン・ストラトスだぞ」
ロックオンの一言より先に、周囲がこぞって伝言ゲームを始める。ロックオンは密かに溜息をつくと、こっちへこいと神経質そうに指した人差し指をクイクイと動かしている先生の元へと戻った。
「すげえ、あの先生ロックオンの何?」
「友達かしら?」
「でも命令してたけど・・・」
人々は成り行きに興味津々だ。つい数分前まで痛そうに頬を押させていたくせに、その痛みすら忘れてしまったようだ。
ロックオンは赤眼先生の前に立つと、よおと軽く手を挙げた。するとその刹那、先生はその手をガッと掴み、そのまま診療室へ戻ろうとする。引きずられながらロックオンも診療室へ続く。
「お、おいっ?」
「五月蠅い、黙ってついて来い」
診療室には誰もいなかった。赤眼先生はドアを閉めると、無言で何かをロックオンに投げつけてくる。
「・・・っ、何だよ・・」
エプロンだった。水色のエプロンだ。そしてお腹のあたりについているポケットにはゴム手袋が入っている。
「・・・」
「手伝え。お前暇だろう」
「はぁ?」
「お前は俺に会いにきたんだろう?ということは、お前は暇だということだ」
ある意味正しいが、別の意味で肯定しずらい、巧みな理論だ。
「今日は、とても忙しいんだ。この前のお前の治療代はタダにしてやるから手伝え。どうだ、嬉しかろう」
何がどう嬉しく思えるんだ?
「いや、俺手伝いたくないし、別に自分の治療代ぐらい払えるし・・・」
「なんだ、お前は俺の好意を無駄にするのか?」
「いや、無駄とか好意とかいう次元の問題じゃなくて・・・」
「ほら、早く次の患者を呼べっ!ぐずぐずしていたら夜が明けてしまうぞ」
赤眼先生はもうこれ以上の議論は無用だとでもいうように、マスクを付けた。でも手は素手だ。
暫し事態の急な流れについていけずに立ちつくしていると、ぐずぐずするなと瞳で訴えながら先生がエプロンを取り上げた。そして自分より遥かに背の高いロックオンの首に、まるで輪投げでもするかのようにエプロンの首の部分を投げ掛けると、背中で腰の紐をぎゅっと結んでくれた。
「ウッ・・」
腰の縛りがきつい。
「ちょっと、きついって・・・」
抗議したが、赤眼はイライラした表情を映すだけだ。
自分で紐を調整しようと、後ろに手をまわした・・・が、なぜか蝶々結びなら普通あるはずの輪っかの感触がない。
(・・・ったく、歯医者ってのは器用じゃなかったのか・・・)
溜息ついたがしょうがない。ロックオンは硬いコマ結びの感触に諦めると、ポケットのラバーグローブに手を通した。


 ロックオン・ストラトスの苦難な休日(ロクティエ)


結局最後の患者が礼を言いながら帰っていったのは、既に太陽が地平線に沈み、街が人工の光で装飾された後だった。
マスクをしていた時は気がつかなかったが、先生の目下にはくっきりとクマができている。ロックオンが来るまで一人で古今奮闘していたようだ。
やっと一息つけると診療室にあるバーナーに火を点けて、三脚と網、そして世の中の場面設定でもお馴染みのビーカーで湯を沸かす。
「なんでこんなに今日は忙しかったんだ?」
尋常じゃない数だった。これがもし毎日だったらとても一人じゃ処理できまい。
「昨日の便が荒れたんだ」
「荒れた?」
この島に発着する飛行機はそんなに多いわけではない。近隣の島からとロックオンが利用した首都からのメインルートから、毎日多くて各路線二本だ。だからどの便も常に満席だ。飛行機に席をゲットできなければあとは船で来るしかない。船は隣の島でも四時間、首都からなら一泊二日の行程だ。
「首都から来た便が気流の関係ですごく揺れたらしい。そういう時は歯が痛くなる奴が多い」
「それで俺も痛くなったわけか」
「普段不摂生しているからだ」
「そりゃすいませんね」
「昨日の便は相変わらず満席で、しかもロンドンとか都会から来ている柔な奴が多かったんだ。皆昨晩到着した時には歯痛を訴えて、各ホテルから夜も電話が殺到した。そして今朝もだ」
「え、じゃあお前昨晩寝てないのか?」
不機嫌に茄子色頭が頷く。
「そりゃ御愁傷様だな」
「お前が惰眠と惰食を貪っているときに、俺は人生を掛けて人命救助をしていたというわけだ」
そこまで大袈裟に脚色しなくてもいいのだが、先生はここぞとばかりに威張りたいらしい。ふんと軽く踏ん反りかえって腕を前で組む。
ビーカーの湯がボコボコと音を立て始めたので、バーナーの火を止める。コーヒーの粉があるか聞くと、パン屋側の部屋にあるというので、先生を診療室に置いて取りに行った。
診療室とは違い、パン屋側の部屋、前に無理やりパンづくりを手伝わされた工房はしんと静まりかえり、見たところここ数日は使われた形跡がない。やはり本業は歯医者で、さすがの赤眼先生も本業が忙しい時は趣味に割く時間はないようだ。
(まあ先生にとっちゃあどっちが趣味なんだか知らねえが)
今日の先生は、いつもと違ってロックオンにはとても頼もしくみえた。休暇で遊びにきて直ぐに歯痛に悩まされる患者に対して時間がないまでも手ぬきのない処置を施し、無駄なことはせず、必要最低限、でも当座ここに居る間はもう歯痛で怯えることのない処置を施していた。ロックオンのような門外漢にもその手際の良さや腕の良さが理解できる仕事ぶりだった。
普段はいつも偏屈をこねて怒っているばかりの先生も、治療中はロックオンに対してイライラした態度を取ることも一切なかった。助手のロックオンに対しても、解り易く端的な指示を出してくれた。自分の感情を出す時、自分自身を晒す時のタイミングを弁えている大人だと思った。
(あの先生も実は結構大人っつうか、人間できてんのかもな)
そんなことを漠然と思いながら、あると言われたコーヒーを暫く探した。
しがし、先生が教えた場所にはなく、そんなに広い部屋なわけでもないのにさんざっぱら探し、やっと賞味期限が数年前という粉の袋を見つけて戻ると、先生は診療椅子の上で横になっていた。
「おい、せんせ・・・」
僅かに寝息がする。先生は既に意識を手放していた。汚れた白衣をきたまま、相変わらず爪の間に使った歯科用セメントをくっつけたままだ。男にしては小さい手はまるで「疲れた〜」と語るように荒れている。
ロックオンは持ってきた袋の口を開いてまず鼻で匂いを嗅いでから、まあいいかと別のビーカーに少しポンポンと落とし、お湯を注いだ。
一気にコーヒーの香りが部屋に充満する。コーヒーは余程の専門家でない限り、匂いから古いとかおかしいとか判断できないのがミソだ。香りの強さに鼻が麻痺してしまうからだ。
壁に寄りかかって寝こけた先生を見ながら賞味期限切れのコーヒーを啜る。
おつな気分だ。
わけがわからぬまま手伝わされ、一度も歯医者の助手なんてやったこともないのになんとか全患者に対応した。
患者から幾度となくサインを求められ、治療後に彼らの来ているTシャツやらカバンやら、治療請求書の裏やらにサインしてやった。
今頃既にネット上で話題になっているかもしれない。
そうしたら患者がまたここに殺到するかもしれない。
(また赤眼先生は怒るだろうなぁ・・・)
先生の寝顔を見ながら、なんとなく笑えてきてしまうロックオンだった。