ガンダムOO オリジナルBL小説

Lesson 1

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(最悪だ・・・)
バッド、ワース、ワースト。比較級と最上級は不規則変化。
アイルランド人たるもの、そんな英文法は学校で習わなくても知っている。いや、今はそれが言いたいんじゃない。
こんな最悪な日はない。
最悪は夢の中から始まっていた。
滅多に夢など見ないくせに、久々に長編カラー大映像でみたら、可愛い子と知り合ったのに、実はそいつが男で、周りからホモ野郎と罵倒されるという現実にありそうで怖い設定だった。
だからデートだというのに寝坊した。
大急ぎでシャワーを浴びて出てきたら、バスタオルがなかった。
新しい下着を卸そうとして値札をはさみで切ったら、手元が狂って本体の布まで少し切れてしまった。
スニーカーを履いたら、お約束のように左靴の紐が切れた。
待ち合わせ場所に十五分遅れた・・・いや、これは最悪の部類には入らない。
笑って許してくれた彼女から、浮気について問い詰められた・・・これも大して最悪じゃない。
浮気を肯定する姿勢を見せたら、ひとしきり凄い剣幕でああだこうだと泣きながら責められた。まあこれもお約束。ニールの中ではもう彼女は過去の遺物。そうじゃなかったら浮気などしない。
だがその後はまた最悪が続いた。
一騒ぎして落ち着いた彼女に、持っていた缶コーヒーで思いっきり左側のこめかみを殴られた。
缶コーヒーは飲むものであって人を殴るもんじゃないだろう?
彼女がそのまま道端に放りなげた缶を拾い上げて何気にみると、
、 「空き缶はくずかごに捨てましょう。空き缶は大切な資源です」
おい、これからはちゃんと「缶で人を殴ってはいけません」と書いておけ。
肩を竦めてその場から去ろうとしたら、上からドカッと雪の塊が落ちてきて、頭に見事直撃した。
何なんだよ???上を見上げると、自分の頭上を覆い尽くす大木の枝にはまだ沢山の雪が積もっている。
急いでそこを離れようと一歩踏み出したら、ぐしゃ。
(ぐしゃ?)
見たくなかったが、そろそろと視線を下に落とすと、案の定動物の落し物の上に左足がのっていた。
舌打ちしてから、道路脇にてんこ盛りになっている雪の中に左足を突っ込んで、ごしごしとふき取った。
(絶対今日ってば俺最悪じゃねえ?)
朝から良いことが一つもない。
デートの予定だった今日も予定がなくなって、することはない。
(とりあえずコーヒーでも飲むか)
寝坊したせいで朝から何も飲んでもないし食べてもいない。まずは腹ごしらえをして、それからいろいろ考えよう。
ニールはあたりを見回した。が、なぜか絶対百メートルに一軒はあると思われる自分のお気に入りのチェーンカフェ見当たらない。それどころかそれに類似した他のチェーン店も一切ない。唯一目に留まるのはカフェではなくファーストフード店だ。業界最大手で安さが自慢のこのファーストフード店は、元来ファーストフードが大嫌いなニールからみたら、自分があの店内にいる姿すら想像もできない程にかけ離れた、そう、まるで遠い異国の場所だ。
しかもいつでもどこの店でも、沢山の人でごった返していて、とてもじゃないがゆっくりコーヒーを飲んで何か食べて、瞑想にふける・・・なんてことはできない。
暫く前へ後ろへ、西へ東へとうろうろしてみたが、それでもやはりこのファーストフード店しか見当たらない。
(最悪だ・・・)
これぞワースト。
そしてワーストを更に更新するかのように、左足がなんだか冷えて痛い。さっき雪の中に足を突っ込んだ際にどうも靴下がぬれたようだ。
(最悪だ・・)
今日は何度最悪だと心の中で呟いただろうか。これであのファーストフード店しか行き場がないなんて、もっと最悪だ。ワーストより上、最上級より上の言葉とは何だろう・・・。
「へくしゅっ」
やばい。風邪は足元から来る。もう背に腹は変えられない。
ニールは思い足取りで、数十メートル先で派手な看板を構えているファーストフード店に向かって歩き出した。


 ロックオン・ストラトスの苦難な休日(ロクティエ)


「いらっしゃいませ〜!」
「いらっしゃいませ〜、こんにちは」
「いらっしゃいませ〜」
「いらっしゃいませ、お客様!!」
入った途端に全店員から声をかけられる。恥ずかしい。時間的に昼時には早いのか、客がほとんど居ないのが唯一の救いだ。
(もしかしたらこの貸切状態ってのが、今日の俺の唯一のラッキーってか?)
そんな皮肉を心で唱えつつ、俯き加減にカウンターに進む。
三つあるレジのうち、真ん中のレジにしか店員がいない。その前に立って、カウンターに置いてあるメニューをざっと見る。まあ大嫌いだとはいえ、別に来たことがないわけでもないし、小さい頃には友達との屯に使っていたこともある。
「え〜と・・・チーズバーガー、あ、やめやめ、チリチーズにスモールフライの塩抜き、んでコーヒーのドリップしたやつのトールね。あ、バーガーからピクルス抜いてその代わりオニオンスライスどばっと入れて・・・んでもって、あと、スマイル一つ」
メニューの一番下に「スマイル 無料」と書いてあったからだ。遊び心を持たないと今日はやってられない。
さあ、スマイルをもらおうかと顔を上げて、店員を見た・・・・。
「・・・・・」
(そんなにスマイルするのが、嫌なのか、お前・・・)
相手はスマイルするしないの問題ではなく、だが僅かにイライラしたように眉根がより、眉間にちょっとだけ皺が寄っている。そしてその目線はニールではなく、レジに固定されている。
「チーズバーガー、チーズバーガー・・・」
ブツブツ呟きながら、レジボタンを押す指がさまよっている。
「いや、俺チリチーズって言ったけど・・」
「煩いっ、今忙しい、ちょっと待て」
「いや、だから」
店員の眼が初めてニールを捕える。マジ怒りの炎が瞳の中にあった。赤い眼をしているから余計に緊迫感がある。
「お前がごちゃごちゃ言うから忘れたじゃないか!ったく・・何が欲しいんだ?最初から言え」
「・・・あ〜っと・・・チリチーズバーガーにスモールポテト、ドリップコーヒーのトールとスマイル一つ」 もうピクルス抜きだとか、塩抜きだとかいう目の前の店員にとっては把握しきれなさそうな好みは省く。
「チリチーズ・・・」
だが、それでもまた店員はレジの上で指をさまよわせる。大して大きいレジでもないしメニューが多いわけでもないのに、押す場所がわからないなんて、昨日今日入ってきた新人だろうか。
「あんた、新人?」
「チリチーズ・・・チリチーズ・・・」
期待せず声をかけたが、やっぱり返答はないし、しばらく待ってみたが、一向にチリチーズから呟きが変わらない。
ニールはひょいっとカウンター越しにレジを覗き込むと、
「あ、そこじゃん」
と、勝手に自分の注文したメニューの名前が記載されているボタンを次々と選んで押した。
「・・・」
「っと、これだけ」
店員の眼が睨んでいる。だがニールはそれを無視すると店員ににっこり笑ってやった。お手本になるように。
「それと、スマイル一つって俺言ったんだけど」
「・・・」
目の前の店員を苛めてもしょうがないのに、なぜかこの時ニールはこの店員からスマイルをもぎ取ってやりたいと決意していた。この最悪な気分を誰かを苛めてすっきりさせたかった。
客商売のくせにさっきから仏頂面をしているのも気に入らない。
「スマイルは無料ってここに書いてあるぜ」
カウンターに置かれたメニューをコツコツと指で叩き、念押しする。
店員はそれでもニールを睨みつけたままだったが、なにやら大事になっていると感じた違う色の服を着た店員が、横ですばやく「笑えって」と耳打ちならぬ舌打ちをした。
「・・・」
別に悪者になるつもりも無理をいうつもりもなかったが、それでも何も言わずにじっと目の前の店員を見つめていると、店員の赤い瞳がなんとなく潤んでくる。唇を噛みしめニールの顔を睨んだまま、でも目の下の筋肉がひくひくと動いている。一生懸命泣くのを堪えてるのがバレバレだ。 でも泣いてもニールは諦めてやる気がない。スマイル無料って書いてあるのだから、この店員のスマイルをもぎ取る権利は自分にはあるのだ。 馬鹿馬鹿しいことにこだわっていると、もう一人の自分が頭上から諭すが、最初から最悪な日ならとことん最悪を追求してやろうという気になるのが天下のアイルランド人というものだ。
だから世の中どこに言ってもアイリッシュ・・・とネガティブな話のネタになるのかもしれない。
どれほどの時間が経ったか。多分たかが数十秒のことだっただろう。じっと赤い眼と自分の蒼い瞳が絡む。
(ヘンな色だ)
自分の瞳の色も珍しいといわれるが、相手の赤い瞳も珍しい。赤というよりはボルドーあたりの味の強いワインの色だ。
(性格が偏屈なら目の色も変ってか)
そんなことを何気に考えていたら・・・。
その店員が笑った。
いや、一般的には笑ったといえるような笑いではなかったが、それでもこの店員のデフォルト顔からすれば、大笑いの部類に入りそうな、眉間に皺を寄せたままの、ちょこっと口の端を上げただけの笑み。
(こいつ、可愛いじゃん)
ニールはその悔し笑いに思わず目を奪われ、それが恥ずかしくて目を横に逸らした。
そしてまた元に戻すと、もうそこには能面のような顔が、じっと自分を威嚇するように見つめていた。
「お前、笑うと可愛いのに、もったいないぜ」
「・・・」
本心だ。
笑うと可愛かった。
見れば実はかなり可愛い顔をしている。
ヘンな制服と帽子に隠れてはいるが、素材自体がかなりよさげだ。
「また次来るときスマイル頼むから、それまでに練習しとけよ」
そう言い残して、さっきの服の色の違うチーフらしき店員が横から出してくれたトレーを受け取り、窓際の席に陣取る。
レジカウンターのさっきの店員を鑑賞物にしながら食べると、さっきまでの最悪、ワースト気分がいくらか和らいでいくようだった。