アレルヤ・ハプティズムは最近すこぶる機嫌が悪かった。
普段穏やかで人当たりがよいと定評のある彼だが、ここしばらく眉間にしわの寄った顔しか仲間にも見せていない。意味もなく周りに八つ当たりするほど大人気ない歳でもないから実害が出ているわけではないが、それでもいつも集まれば和ませる役目の人が逆に触るなオーラを出していると誰もがよけい緊張してしまうものだ。タダでさえ分母が絶対的に少ないトレミーなのだから、いつも愛想のない頭文字TとかSはしょうがないにしても、それ以外のクルーは仲良く穏やかに生活したいと願っている。皆が暗黙のうちに相互了解して、意を決してついにクリスがアレルヤをつついてみることになった。
「ねえ、アレルヤ、最近なにかあった?」
「何ってなんだい?」
廊下で捕まえたアレルヤに逆にさらっと冷たく聞かれてクリスも珍しくどもる。
「ん、その何かイライラすることとか。ミッション大変だから疲れているよね、きっと・・」
「最近皆とは別行動だし、別にミッションにも参加させてもらえてないから疲れることはないよ」
クリス玉砕。
しょんぼりうなだれてブリッジへ戻ってきた想い人のためと次にリヒティが立ち上がった。
フリースペースの自販機前で軽く声をかけてみる。
「よう、アレルヤ、最近調子はどう?」
「どうって普通だよ」
「なんかイイこととかあったんじゃねえの?」
「こんな毎日同じ顔ばかりのトレミー内で何があるっていうの?まあリヒティならいつも春だからなんでもイイことなんだろうけどね」
リヒティ撃沈。
敵討ちだとラッセが勝負に出た。トレーニングルームで黙々と汗を流すアレルヤに直撃する。
「ようアレルヤ、頑張るねえ、何かあったか?」
「別に。トレーニングルームにいるなら頑張るのは当たり前だと思うけど」
「何か俺には何か悩んでるように見えるけど?」
「悩みか・・・、ラッセが邪魔しなければもっと悩まないよ」
ラッセ敗退。
すごすごトレーニングルームを出てきたラッセは、カーゴルームにいたイアンに泣きをいれた。トレミー最年長、経験を積んだ男の意地をみせてやろうとイアンが快くひきうけてまもなく、アレルヤがちょうどキュリオスの調整に姿をあらわした。
「アレルヤ、キュリオスは万端に整えておいたぞ。お前も自分の調整しておけよ」
「大丈夫だよ、僕はいつも万全を期してるから」
「そうか?俺にはなんだかお前さんが何かイラついてるようにみえるけどな」
「そう?ただの年寄りの思い過ごしじゃないかな」
イアン白旗。
年寄りイアンはそのままエクシアと戯れていた刹那にささやいた。俺の無念を晴らしてくれ・・。
刹那はキュリオスのコックピットにいたアレルヤにまんま質問を投げた。
「アレルヤ、どうしてそんなに機嫌が悪い?アレルヤらしくない」
「僕らしいってなに?刹那みたいに自分イコールガンダムなんて単純な君にはわからない?」
刹那退却。
なんか馬鹿にされたということだけは認識できた刹那は、部屋に戻る途中スメラギと遭遇した。顔と匂いから部屋で飲みっぱなしオールナイトだったらしいとは想像できるが、この際酔っ払いだろうがなんでもよい。この任務を誰かに押し付けなければならない。
刹那はスメラギを呼び止めるとコトの次第を話して任務遂行依頼を出したがあっさり拒否され、なおかつ呆れた顔を向けられた。
「あんたたち馬っ鹿ねえ〜、理由何て一つじゃないの」
「あんたは知ってるのか?」
「知ってるもの何も、それしかないじゃない」
スメラギは思いっきり笑い飛ばすと飲み足りないからと部屋への廊下を戻っていった。
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このところアレルヤは、その唯一の不機嫌発生原因であるティエリアの不信な行動を立て続けに三回も目撃してしまっていた。
一回目は刹那たちがやっと地上からトレミーに戻ってきた直後だった。どうも地上であのバカ『トリニティ』とやりあったとは通信で解かっていたが、その彼らが帰還してブリッジで出会った際に、あのティエリアがバツが悪そうにスメラギに謝ろうとしている光景を見た。
「命令違反をおかした罰・・・」
「そんなのいつしたっけ?」
「・・しかし!」
スメラギに気にも留めていないような素振りで交わされてティエリアは食い下がったが、
「そういうことだ」
と話を締めくくったのは、そう言ってティエリアの肩をポンと叩いたロックオンだった。ティエリアはロックオンの言葉を無言で受け止めるともう反論もしない。
「なにかあった?」
アレルヤは心中に沸いた質問をそのまま口にしたが、
「さあな」
と、ロックオンに質問を強制デリートさせられてしまった。極秘でこの内容はアレルヤが知るべきでなかったのか、ロックオンが意地悪して教えないのか、全く状況がわからなかった。
それから暫くして、アレルヤはまたティエリアとロックオンの密会もどきにバージインしてしまった。
スメラギからの連絡を伝えようとしたが、どこにも二人が見あたらなかったので手当たり次第に各部屋の音声を拾っていったら、ティエリアとロックオンの会話を耳にした。そのロックオンの労わるような声が妙に癇にさわった。
「悩みごとか?」
「ロックオンストラトス・・・」
ティエリアの何気に気弱な声も苛々を増加させる。
「気にすんなよ、たとえヴェーダのバックアップがあてにできなくても、俺らにはガンダムとミススメラギの戦術予報がある」
「あなたは知らないようですね。彼女が過去に犯した罪を」
「知ってるさ」
「・・・え?」
「誰だってミスはする。彼女の場合、そいつがとてつもなくでかかった。が、ミススメラギはその過去を払拭するために、戦うことを選んだ。折れそうな心を酒で薄めながらな。そういうことができるのも、また人間なんだよ」
「人間・・・か・・・。 あ、ロックオン、あなたは僕のことを・・・・」
アレルヤはとっさに画面をオンにしてスメラギからの言葉を伝えた。
「二人とも、スメラギさんからコンテナでの待機指示がでたよ」
ロックオンの了承の声だけ聞いて画面をオフにする。オンのままでいたら向こう側の二人に咎められそうな気がしたからだった。
決定的な瞬間は、ロックオンが負傷してクリニックに入っていた時に訪れた。利き目の怪我の集中治療のために安静にしていろという指示を無視して、ロックオンは皆に言い放った。
「それにな、俺が寝てると気にするやつがいる、いくら強がっていてもアイツは脆いからな」
アイツが誰なのか、その場の皆が理解していたが、『アイツ』を口にした時に甘い労わりのスパイスが混じっていたことにはアレルヤしか気づかなかったはずだ。片目だけでも愛しさが視線に滲んでいるのが明らかだ。そして当の『アイツ』はケガをさせて、しかもそれが顔で、追い討ちをかけてロックオンの生活の糧である利き目であるという現実にすっかり押し潰されてしまっている。
「僕がヴェーダに固執したばかりに、彼に傷を負わせてしまった。僕のせいで・・・」
そう呟いて俯く姿にはグッときてなぐさめてあげたくなったが、アレルヤが手を差し伸べる前にまたロックオンに先を越された。マルチルームにティエリアの姿を見つけて入ろうとしたら、もうロックオンがいた。
「ロックオン・・」
「いつまでそうしてるつもりだ?らしくねえなあ。いつものように不遜な感じでいろよ」
ワザと軽口でハッパをかけるところがロックオンの男っぽさだ。
「失った、マイスターとしての資質。失ってしまった。ヴェーダとの直接リンクができなければ僕はもう・・・」
ヴェーダにそっぽを向かれたティエリアはロックオンの「お前は不遜だ」宣言を聞いていなかったようでヴェーダしか頭にないらしい。
「僕はマイスターにふさわしくない」
マイスターに不似合いだと完全にどん底まで落ちたティエリアに、アレルヤが特に嫌いなロックオンの「お兄ちゃん的慰め」攻撃がきた。
「ふさわしくない・・・か・いいじゃないか別に」
「なに?」
「単にリンクできなくなっただけだ。俺たちと同じになったと思えばいい」
「ヴェーダが何者かに掌握されてしまった。ヴェーダがなければこの計画は・・・」
「できるだろ?戦争根絶のために戦うんだ、ガンダムに乗ってな」
「だが、計画実現の可能性が・・・」
「四の五の言わずにやりゃいいんだよ。お手本になるヤツが直ぐそばにいるじゃないか。自分の思ったことをがむしゃらにやるバカが」
「自分の思ったこと・・・」
不安をいなして自分の思ったことをやればいいと伝えると、後はあっさりと引く。
「じゃあな、部屋戻って休めよ」
引き際は早い。でもそういうのに限って相手は引き止めたがるものだ。
「あ、ロックオン!」
「あ?」
「・・・悪かった・・・」
不遜なティエリアが謝罪を述べるのを、アレルヤもそしてその横で一緒に盗み見てたフェルトも初めて耳にした。
「ミススメラギも言ってただろ、失敗ぐらいするさ、人間なんだからな」
ロックオンはその小さな謝罪を軽く流すと背中を向けた。
「やさしいんだ、誰にでも」
横でじっとみていたフェルトが呟く。
(誰にでも・・・か?)
アレルヤはフェルトに同意できない。たしかに一見誰にでもふりまかれるやさしさにみえて、ティエリアに対してだけはワンランクもツーランクも上の優しさだ。
いや、あれは優しさじゃない。優しさ以上の特別な感情がてんこ盛りだ。ロックオンの緩んだ顔を拝んでいたら、逆に自分の顔が強張っていくのを感じる。
「・・・アレルヤ?」
眉間にシワを寄せているアレルヤなんて初めてだ。いつも穏やかで温厚なのに、一瞬その顔は般若みたいでフェルトは内心ビビっていた。フェルトも某女王様マイスター同様普段無表情なのでその心のビビりは一見悟られることはないが、実は超がつくほど怖かったし、ある意味いけないものを見てしまったと思った。とてもアレルヤファンのクリスになんていえない。
でもフェルトはこの直後、自分が感じた恐怖なんて大したことなくて、世の中にはまだ更におそれおののくものがあるのだと知る。
「なに、フェルト?どうかした?」
遅らばせながら応答したアレルヤの顔はこれ以上にないほどの完璧スマイルを呈していた。あんな般若顔だったのに今は天使ガブリエルのような笑顔だ。でもフェルトにはそれが悪魔のほほえみに見えた。そしてふと思った。
(アレルヤ・ハプティズム、ハプティズムって悪魔の弟子のような名前・・
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ロックオンの去ったマルチルームに何気に入ると、まだティエリアは窓の外の宇宙を眺めていた。
「ティエリア」
呼びかけても振り向くどころか髪の毛一本動かない。
「ティエリア」
もう一回同じ調子で呼んで同じ反応をもらったので、今度は無言のまま後ろから抱きしめた。自分の腕の中にすっぽりおさまった細い躰をぎゅっと抱きしめて頭上にキスしたがその躰からまだ動きはない。代わりにつぶやきが漏れてきた。
「・・・僕はロックオンを傷つけてしまった」
「あれは事故だよ」
「違う、あれは僕のせいだ」
ティエリアの顔が振り向いて、アレルヤを見上げる。その梅花色の双眸がわずかに潤んでいてアレルヤはもっとぎゅっと抱いてキスして躰を貪って自分の眉間にシワを作る原因を消滅させてしまいたいと思ったけどそれじゃ解決にならないことも充分承知している。
(こんなときに限ってハレルヤは出てこないんだから・・・)
出てきて欲しくないときは言われなくても登場するくせに、助けを借りたいときは一向に目を覚まさない。
「そう、ティエリアのせいだ。ロックオンはティエリアさえいなければケガしなかったし、これからもマイスターとして仕事していくことができた。ロックオンの未来を閉ざしたのはティエリアだよ」
ティエリアの瞳は潤んでいる状態を脱してしまった。ポロポロと涙が白い頬を伝わってティエリアを抱いているアレルヤの腕も雫の感触をもらった。自分で思っていても他人からはっきりと言われるのでは重みがまるで違う。
「・・・やっぱりアレルヤもそう思っているんだ・・」
ティエリアはそう押し殺した声を出すとアレルヤの腕中から逃れようとする。その躰を離れないようにアレルヤはさらにきつくかき抱いて自分の体の重みと一緒にガラス壁に押し付けると、ティエリアの濡れた頬を眼下から順に唇で辿った。濡れた道筋をそっと何度も唇を押し当てて、冷たくなった頬を暖めるように舌も這わせる
と、そのままここも冷たいティエリアの薄唇に自分のを押し当ててきゅっと一度吸いあげてから、今度は上唇と下唇を交互にキュっと吸い上げる。
「・・んんっ」
くぐもった声がティエリアの喉で鳴った。アレルヤはいつもならこのままこの恋人の口内に舌を入れるのだが、今日はそうせずにそっと唇を離す。閉じていた瞳が開放されて紅い視線が水のベールの向こうに見える。アレルヤは不安そうな顔に微笑んだ。
「僕は人間だから失敗もするといるスメラギさんと同じ理由でティエリアを慰めようとは思わないよ」
「・・・・」
「僕がそれでもティエリアが好きでたまらないって理由じゃだめかな」
ティエリアはよくわからないと眉をひそめる。アレルヤは眉をひそめたティエリアの表情が好きだ。神経質そうなその顔つきがよけい神妙になり、知らない人は怖いとかとっつきにくいなどと表現するが、ティエリアをよく知る人にはこの表情がとてもいとおしく可愛く映る。
「ティエリアがどんなことをこれからしたとしても、ミッションに失敗しても、誰かを傷つけてしまっても、ヴェーダに拒否されても、どうなっても僕はティエリアを好きだし離れないよ」
アレルヤはもう一度ティエリアの何かいいたそうに軽く開いた濡唇にキスを落とした。
そしてちゃんと釘もさすのは忘れない。
「もちろんティエリアが密かにロックオンに慰められて、万が一にもどうにかなっちゃったとしてもね」
最後の一言をティエリアの躰と頭に染み込ませることによって、アレルヤはなんとか自分の最近の苛立ちを消すことができそうだった。