ガンダムOO オリジナルBL小説

マイブーム

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 ティエリアにはマイブームというものがよくある。
 アレルヤがティエリアの性格からして充分納得できるものから、どうしてそれをマイブームと呼ぶのか理解できないものまで千差万別なのだが、ともかくもしょっちゅうマイブームが訪れる。
 しょっちゅう訪れるということは、裏を返せば一つのマイブームが長続きしないということで、ティエリアがどれだけ飽きっぽい性格をしているかを証明しているわけである。
 アレルヤの覚えている限り、今年に入ってからティエリアは八度の新ブームに呑みこまれた。
 新しいブームが来ると「今はこれが俺のマイブームだ」と公言してくれるので、そう言われたら「ああそうなの」とやり過ごす。
 そしてまた新しい「マイブーム宣言」があれば、また「へえそうなんだ」と相槌をうち、その前のブームについては触れない。
 これがアレルヤが長年ティエリア・アーデという偏屈な男と暮らしてきて身につけた「ティエリアを手の平で転がす方法の一つ」だ。
 ティエリア・アーデの行動にはちゃんとした理屈がないことが多い。
 仕事以外の生活全般において、ティエリアはほぼ100%思いつきで行動する。
 少し前に東洋でベストセラーとなった本…確か題名は「上司は思いつきでものを言う」とか言ったかと思うが…の翻訳を読んだが、読みながらアレルヤの頭の中には自分の上司ではなく、ティエリアの顔が浮かんでいた。
 まあ愛があるからこそ、ティエリアの我儘や理屈のない行動を許容していられるのだが、ティエリアに愛を感じない人間からすれば、この茄子色頭の綺麗な男は「地球上で最も理解不能な生物」以外の何物でもないだろう。
 話が逸れたが…。
「公園へ行きたい」
 春の週末の快晴日、午前中に家事仕事を終えて一息ついたアレルヤに、待っていたかのようにティエリアが声をかけてきた。さすがに洗濯に掃除と忙しそうに立ち回っていた午前中は声をかけるのを控えていたようだ。
「公園? いいよ。じゃあ公園のいつものところでお茶飲んでケーキ食べようか」
「もちろんだ。仕度をしてくる」
 満足そうに頷くと、パタパタと二階へ上がっていく。着替えて出掛ける用意をするのだろう。
 直近のティエリアのマイブームはこの「公園」だ。
 二人の家から車で十五分ぐらいのところに巨大な自然公園がある。この中を散策しながら途中にある山小屋風のカフェで一休みをして、そしてまた散策して戻ってくるのがティエリアのお気に入りで、毎週末必ず二人で出掛けている。
 この自然公園は大きさにすると一週間でも歩きまわれない程の広さを有しており、アレルヤもティエリアも勿論その端までたどり着いたことはない。いつも数ある入口の一つから入り、適当に歩き回って戻ってくるだけだ。それでも計算すると一度に五キロ以上は歩いているので、アレルヤも運動不足解消に丁度良いと思っている。
 以前からたまにこの公園には出掛けていたのだが、ある時偶然入った園内のカフェで食べたケーキが異様に美味で、ティエリアはすっかりその虜になってしまった。そう考えるとティエリアのマイブームは「公園」ではなく「ケーキ」なのだが、何か言うとまた拗ねるのでアレルヤは何も言わずにティエリアのマイブームに従っている。
 ちなみに今年最初のブームは「車のバンパーにこびり着いた雪塊を足で蹴り落とす」ことだった。
 雪が降り続き車のタイヤ回りやバンパー下に雪がこびり付き大きな塊となったのを、足でガンと蹴り落とすのだ。雪が塊となって一度にドサッと落ちるのが気持ちよいのか、ティエリアは毎朝仕事に行く前に路肩に駐車してある車を片っぱしから蹴りあげていた。他人の車なのでアレルヤは何度も注意したが、ティエリアは一向に止めようとしなかった。アレルヤの車は屋内ガレージに駐車しているのでどうやっても雪がこびりついたり汚れたりすることがなく、ティエリアのブームに一肌脱いであげることもできなかった。あれは困ったマイブームだった。
 雪蹴りに飽きた後は、スパゲッティペペロンチーノがマイブームとなり、毎晩ペペロンチーノを食べていた。別に毎晩同じものを食べるのは構わなかったが、それを毎晩作らされるアレルヤは少しゲンナリしていた。それに毎晩同じものでは栄養も偏る。試しにすごく不味く作ってみたり、やたらと辛くしてみたり、何とかブームが去るようにしかけてみたが無駄だった。
 春になると今度はタンポポの綿毛を足で蹴り払うことがマイブームになった。道端で綿毛をふわっとふくらませているタンポポを片っぱしから蹴って種を放出させるのだ。まあタンポポからすれば自分の子種を飛ばしてくれるので、ある意味ティエリアは良いことをしていたのだが、やはり見栄えはよくなかった。
 これら以外にも様々なマイブームにとり憑かれたティエリアを見てきたが、今回の「公園」はかなりマシ、いやなかなか良いブームだ。健康にも良いし、二人で歩きながらいろいろな話をするのは絆を深める意味でも悪くない。
 季節は春と新緑の間。春の花も楽しめるし、五月の緑も目に眩しい。
 公園について歩きだした二人は、まずは例のカフェに向かって遊歩道を歩きだした。週末の午後とあってジョギングやらウォーキングで余暇と健康を慈しむ人々の姿がある。
 仕度をしてくるとゆうに二十分は二階から降りてこなかったくせに、アレルヤのツーシーターのスポーツカーにちょこんと座ったティエリアの服装にはなんら変わりがなかった。日よけで帽子をかぶった程度だ。裾を折り曲げたウォッシュタイプのジーンズに白い長そで丸首シャツ、足元はスニーカー、午前中アレルヤが家事をしている間庭で何やらいじっていた後姿と全く同じだった。
 それでもやはりティエリアの姿は一目を引く。帽子を目深に被っていても、アレルヤや周囲を見上げるときに晒される表情や顔は、刹那横を通るジョギング姿の男女の視線を奪う。
「ティエリア、もうちょっと帽子しっかり被ってくれる?」
「被ってる」
「だからもうちょっと目深に」
「これ以上どう被れというんだ、お前は」
「こうやって被ってってこと」
 アレルヤは帽子のツバを両手でぎゅっと引き下げた。ティエリアの頭上にあった僅かな帽子の隙間が消える。
「これじゃあ前が見えないじゃないか!」
「見えなくていいんだよ…」
「前見えなきゃ歩けないじゃないか!」
「じゃあこうしててあげるから」
 アレルヤはティエリアの手を握ると、また横をゆっくり歩きだした。
「ね、こうやって僕と手を握っていたら前見えなくても歩けるでしょ」
「…意味がわからない…」
「解らなくていいよ。ティエリアに理解を求めてないから」
「どういう…」
「あれ? アレルヤじゃない?!」
 ティエリアのぶすっとした抗議が途中で高いキンキン声に遮られる。
 前から歩いてくる女性三人のうち一人は見憶えがあった。少し前に仕事で一緒になった女性だ。名前は覚えていないが妙にキラキラしたバチバチ睫毛と天ぷらを食べたばっかりのようなグロスたっぷりの唇の印象が強くて覚えていた。
 おざなりに返事をして素通りしようとしたが、女性というものはえてして強引だ。アレルヤが一人ではないのを知っていながらベラベラと喋り出す。アレルヤは適当に相槌を打ちながら切り上げるタイミングを計らうが、あまりのマシンガントークになすすべがない。こういう時にティエリアがいつもの我儘ぶりを発揮してくれれば相手も退散してくれるのだが、かぜかこういうシチュエーションに陥る時に限ってティエリアは沈黙を決め込むのだ。
 誓ってアレルヤと友人(今回は友人ではないが)の時間に気をつかって黙っているわけではない。嫉妬と怒りで沈黙してしまう。
 ティエリア本人は当然自分が嫉妬しているとか怒っているなどという自覚はない。ただ自分の中に渦巻く感情が何なのか整理できない。整理出来ないからその感情にどう対処したらよいのかわからなくて沈黙してしまうのだろう。
(いつものぶ〜たれ具合をこういう時に発揮してくれればいいんだけどね)
 心の中で溜息をついて、そっと隣にいるティエリアの見やると…。いない。
(あれ?)
 気がつくと繋いでいたはずの手の中にも何もない。
「ティエリア?」
 左右を見回す。
「あ、一緒にいた子ならそこにいるわよ」
「……」
「あの子アレルヤの何? 親戚の子かなにか? もしかして子守中だった? な〜んて」
 ティエリアは少し離れた場所に蹲って何やら地面に手を這わせている。帽子を被ってラフな格好をした姿は女性たちには幼くみえたらしい。
 ここぞとばかりに別れを切り出してやっと女性たちから近々飲みに行く約束と引き換えに解放されると、アレルヤは蹲るティエリアを後ろから抱き締めた。
「ティエリア、ごめんね。一人にさせて」
 ぶ〜たれて機嫌が悪いだろうと予想したが、アレルヤの声にティエリアは「もういいのか?」とご機嫌斜めな様子どころか妙に歯切れもよい。
「ティエリア、何してるの?」
「四つ葉のクローバーというものを探している」
「は?」
「この前テレビで四つ葉のクローバーというのは意外に当たり前に見つかると言っていたからな」
「あ、そう…。それで探しているの?」
「そうだ」
「ふーん」
(それは探しているっていうよりも、毟ってるって感じだよね…)
 ティエリアの居座る周りには、なぜか毟られた無残な草花の屍がこんもりと小山を作っている。どうもティエイアは「探す」という意味を間違えているようだ。手で掻きわけて探すのではなく、四つ葉のクローバーでないもの全てを引っこ抜いて探しているのだ。
(あれ?)
 しかも、自分の足元にある探し物には全く気がついていない。
 アレルヤはティエリアのスニーカーの横に根ざしている一本を指でぷちっと抜くと、地面を見つめる真剣な紅い眼差しにそれを触れさせた。
「ティエリアが探しているのはこれかな」
「…どこに、あった?」
「秘密だよ」
 ティエリアの手に握らせて、次いでにその白く小さな手の甲に口づける。
「お前だけ、ずるい…」
「偶然だよ。こういうのは偶然だから」
「じゃあお前だけ偶然がきてずるい。お前はいっつもそうだ…努力しないで軽々しく何でもやり遂げる」
 ティエリアの言う「努力」が全ての四つ葉以外の草を引っこ抜くことなら確かにアレルヤは努力はしていないが…。
「次はティエリアも自分でみつけられるよ」
「そうか?」
「そうだよ。さ、一休みしに行こうか。ケーキ食べるんだよね?」
「……」
「ティエリア?」
 嫌な予感がした。そしてアレルヤのティエリアに関する悪い予感は200%当たる。
「ケーキが食べたいならお前一人で行ってくれ。俺はまだ四つ葉を探す」
「…ティエリアがケーキ食べたいって言ったんだよ?」
「言ってない」
「お茶飲んでケーキ食べるの、お気に入りだったよね?」
「もうお気に入りじゃない。やめた」
「そうなんだ」
 未だ座り込んで生えている草花を引っこ抜いている恋人の新しい「マイブーム」が何かなど、もう聞く気もないし聞く必要もない。
 火を見るより明らかだ。
(ほんとにコロコロ変わるんだから。そういうのはブームって言わないんだよ、ティエリア)
 呆れるやら情けないやらだが、ティエリアの患うブームは次の新しい何かが出てくるまで絶対続くのでもうアレルヤには対処のしようもない。
 ティエリアに出会ってから一貫してマイブームが「ティエリア・アーデ」であるアレルヤからすると、全くもって理解できないのがまさに自分のマイブーム「ティエリア」なのだった。