ガンダムOO オリジナルBL小説

おさななじみ 番外編

HOME

ヒック・・ヒッ・・・。
うとうとと現実と夢の狭間を歩いていたのに、何か好ましくない音を耳にしたようで意識を浮上させる。
ウッ・・ウッ・・。
(ったく、なんだあぁ、人の安眠を妨害しやがって・・・)
眠りながらも悪態をつく。
ウェッ・・・ェッ・・・。
昔聞いたことのある音。いや、声か。
(ティエリア?)
目を開けて横にいるはずのおさななじみの存在を確認する。
「・・おい」
耳元で囁くが、反応はない。
ヒッ・・・ゥェッ、ウッ、ヒック・・・
「おいっ・・」
顔を覗き込むと、ティエリアはまだ眠っている。長い睫が頬に影を作り、いつも悪態をつく唇は小さく窄まり・・・小さな泣き声を漏らしていた。睫の先に涙の粒がぽつぽつと、まるでビーズ玉のようにくっついている。どんどん溢れてくる新しい涙に押されて、ビーズ玉が睫から一つ、二つと次々に頬に零れ落ち、そしてまた新しい涙の粒が睫の裾を伝う。
寝ているのを起こすのは忍びない。でも泣きながら寝ているティエリアをこのままにしてはおけない。
「ティエリア」
呼びながらティエリアの肩を軽く揺さぶる。
ウッ、ヒック、ヒッ・・
起きる気配がない。まあ普段も寝起きが悪いやつなので、一発で起きるとは思っていなかった。そこまでハレルヤも楽天家じゃない。
「ティエリア、おい」
呼びかけながら、卯の花色の頬を伝う涙を指で掬う。
すっと掬って自分の指の中で浄化させる。
ぐしゃぐしゃになった耳上の生え際を撫でる。
寝ながら泣くティエリアの顔は、小さい頃から何一つ変わらない。
起きているときは絶対人前で泣かない強気で傲慢な幼なじみは、眠りの中で泣く。自分の意識とは別の次元で。
(何が、哀しい?何が不安なんだ、てめえは・・)
頬をやさしく撫でながら、もどかしさに胸が抉られる。
二十年も一緒に過ごしてきた。
出会いは偶然とはいえ、ハレルヤの人生の大半の思い出には、常にティエリアの姿がある。
ハレルヤの記憶の中にいるティエリアはいつも傲慢で尊大だ。相手が王様だろうと、企業の社長であろうと、偉大な牧師であろうと、逆に明日食べるものもなくゴミ箱を漁っている乞食であろうと、ティエリアの態度はいつも同じだ。当たり前に偉そうで、余裕で人に指図する。まあ相手を選ばないのだから、ある意味「平等」なのかもしれないが、「それはちょっと語弊がある気がするなあ」と首をかしげたのはハレルヤの双子の兄、アレルヤだった。
アレルヤを思い出すと、途端に嫌な気分になる。
アレルヤは、双子の弟であるハレルヤがティエリアを選んだことを、まだ許せないでいるらしい。
許すも許さないも、ハレルヤからしたら「てめえの勝手だろ」だが、双子として生まれ育ったアレルヤにとって、ティエリアはハレルヤを自分から取り上げた相手に見えるらしい。
「あれでアレルヤは凄く寂しがりやだから、ハレルヤがいなくなったことがつらいのだと思うわ」
数日前に用事でかけた電話越しにマリーがそう言って笑っていた。
だが、それがどうした。
ハレルヤにとって、幼い頃から大事なのは、今横でべそかきながら眠るティエリアだ。
アレルヤが寂しがりやだと言うが、それは全てを手にした者の寂しさだ。
アレルヤだけじゃない。自分の感じる寂しさも・・もし感じるとすれば・・アレルヤと同じ、それは何もかも欲しいものを手に入れた上で更に何かを欲した時に感じる感覚だ。
(でも、てめえは違うんだよな)
ティエリアの泣き顔の横で肩肘をついた手に頭を乗せ、あやすようにもう片方の手で眠るティエリアの頬や顎を撫でる。眠っているときはまるで天使アラエルの生き写しのように神々しい。
何も持たずに生まれて、何も持たずに生きていた幼なじみの感じる「寂しさ」とはどれ程のものなのだろう。
「てめえは、寂しいとか、感じたりすんのか」
一度だけそう尋ねたことがある。照れくさかった。でも聞かずにいれなかった。ティエリアが自分を追いかけてきた日の夜のことだ。
「寂しい・・・?考えたこともない」
背中の肌を向けたままそう答えられた。
でも、それは嘘だ。
ハレルヤは知っている。
初めてブランコに座るティエリアを見たとき、その赤い眼の端が水っぽかったことを。
いつも空を見上げながら声に出さずに「寂しい」と叫んでいたことを。
そんなティエリアを守ってやれるなら、ハレルヤはどんなことでもするだろう。少しでもこの不器用なティエリアの寂しさが軽減されるならば、ハレルヤはどんなことでもする。家族も双子の兄さえも捨てて、この強そうでいて本当は砂のように脆い幼なじみの横にいるだろう。
(早く眼を覚ませ。てめえが寝てると俺が寂しいって・・・)
ハレルヤに寂しさを感じさせることができるのはティエリアだけだ。
そしてハレルヤに仄かな倖せをもたらしてくれるのもティエリアだけだ。
この二十年、ずっと。


 おさななじみ 番外編(ハレティエ)


「・・ん・・」
涙でぐっしょりになった瞳に赤い光が灯る。
暗い中でもその瞳は猫の眼のように映るものを反射する。
「おい、起きたか」
声につられたティエリアの視線が、横で未だ泣き眠っていた姿を見ていたハレルヤを捕える。
「お前、へんな夢でも見てたか・・泣いてんぞ、器用なやつだな、てめえは」
「当たった・・」
「あぁ?」
「アイスが当たった」
「・・・」
「アイスを食べるんだ。お前とアレルヤと三人で。トロカデロ庭園のとこで・・」
「ああ、あのパッシーの角の店か」
小学生の頃、夏はよく三人でアイスを食べた。当たりくじ付きのアイスで、棒に当たりと書いてあればもう一本もらえる、今考えれば子供騙しの安い着色アイスだった。
「そしたら、当たった・・・でもアレルヤもハレルヤも当たらない。自分だけが当たって、アレルヤもハレルヤも仲間外れにする。当たったのに、自分だけもう一本食べれるのに、アレルヤもハレルヤも当たった奴は仲間じゃないって言う」
昔を夢に見て、夢の中で泣いていたら、実際に涙があふれてきたのだろう。
同じことがあった。
三人でアイスを食べたら、ティエリアだけが当たった。
素直に「羨ましいなあ」と羨望の目で見たアレルヤと、「お前当たったじゃん」と悔しさを何気ない一言に置き換えたハレルヤ。
そして、ティエリアはその当たり棒をハレルヤに投げつけてきた。
「一人だけ当たっても嬉しくない。仲間外れにするな!」
半泣きで叫んだティエリアの顔は、未だハレルヤの頭にこびりついて剥がれる気配がない。
一緒に育ってきたのに一人だけ他人で、住むところも、出来ることも、自分に与えられた可能性も違うことを、ティエリアはこの二十年どう一人で折り合いをつけてきたのか。こうやって二人の関係が変化してもなお、ハレルヤにはまるでブラックホールのようにティエリアの心が見えてこない。
自分が本当に泣いていたのに気が付き、ティエリアが手で自分の頬を拭う。照れたように下唇を少し突き出して口を窄めるしぐさは、初めて会った四歳の頃と変わらない。
そして何も変わらない幼なじみを、たまらなく愛しいと思う。とてもじゃないが口に出して言うなんてキザな芸当はできないが、それでも何とか少しずつ態度に出して、それがティエリアの不安を徐々に消し去っていければいい。
ハレルヤは必至で手を動かすティエリアの手を掴むと、そのまま自分の胸元に引き寄せ上から覆いかぶさるように抱き込んだ。
「安心しろ、今度当たったら、もれなく俺が半分食ってやる。てめえに全部は食わせねえ」
「・・・楽して人のものを頂戴するなんて、お前も成長しないヤツだな」
「ばっか、成長してねえのはてめえだろ。いつまでも仲間外れにされてると思ってんじゃねえよ・・・」
「別に俺はお前の仲間になった覚えはない・・・」
「じゃあてめえは俺のなんなんだ、あ?」
「・・・・」
もぞもぞとハレルヤの腕の中から逃れようとするティエリアの顔を覗きこむ。
「あ?てめえは俺のなんだ?」
「・・・・お・・」
「お?、そりゃ卒業したって言わなかったか、てめえ」
梅花色の瞳が泳ぐ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。そのままどこか宇宙の果てまで泳いで行ってしまいそうだ。
「おい、明後日ばっかみてんじゃねえよっ。てめえが見なきゃいけねえのは、俺だろ?」
「ち、注文の多いヤツだっ」
「いいんだよ。俺にはてめえに注文する権利がある。だからてめえは俺だけみてろ。俺だけを見てろ。そうしたら不安になることもねえ。寂しいなんて思うこともねえ。そんなしょうもねえ感情、俺だけみてりゃお前は感じることなんてねえんだよ」
「・・ハ、レルヤ・・」
「そう、てめえはそうやって俺だけ呼んでりゃいい。俺だけだ。俺はいつでもお前の傍にいる。忘れんなよ、このすっとこどっこい」
自分の中の照れと懸命に闘いながら一気にまくしたてると、ハレルヤは目の前で未だ窄まるさくらんぼのような唇を、まるで噛みつくように自分の唇で塞いだ。